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百物語9「見知らぬ人」

夜に散歩をしていると見知らぬ人から話しかけられることがある。2日前に船橋の裏道を歩いていると、自転車に乗った同年代くらいの女性に話しかけられた。

街灯が少し離れたところにあって薄暗かったので女性の顔ははっきり見えなかったが笑っているようだった。

「あたしさ、昔、この辺りに住んでいたんだけれど、道に迷っちゃってさ、ここ、なんて街だかわかる?」

昔住んでいたのなら街の名ぐらいわかるだろうに…と思いながら「船橋ですけど…」と答えると、

「違うわよ、船橋なのはわかるわよ。寺町とか神宮町とかってあるじゃないの」と少し怒ったように言う。

「ああ、すみません。それなら僕もよそ者なので、町の名前はわからないんですよ。でも船橋大神宮はすぐそこにありますけど」と答えた。

「そうなの? 神社には用はないのよ。それじゃ仕方がないわね。そちらのお連れさんもわからない?」
「はぁ? 連れですか、僕ひとりですが…」
「何言ってるのよ。横に立っている人は奥さんでしょ?」
「え?」隣を見た。誰もいない。もしかしたらこの人はオカシイのだろうか?
「僕は最初からひとりですよ」

すると女性は少し驚いた表情をした。
「あ、ああ、そうなの…。引き留めて悪かったわね。じゃ、またね」
そう言うと女性は慌てた様子で大神宮の方に自転車を走らせて行った。

「ちっ」舌打ちすると、僕は2日前に殺した妻の霊を睨んだ。

「しようがねぇなぁ。お前が見える人間がいるとはね…。しかし、お前も執念深い幽霊だな。殺されたら、素直に、あの世に行きゃいいのに…」と言って笑った。

「何言ってるのよ。あの人も幽霊なのよ。自分が昔住んでいた家を探しているのよ」と妻が言った。

「ああ、そうなのか…。じゃあ僕は幽霊が見える霊能者になったって事か」
「違うわよ。あなたも死んでいるのよ。私を殺してから電車に飛び込んで死んだじゃないの? あなたは人を殺して平気な人じゃないもの。生きている時は嫌いだったけど、今は可哀想だからこうやって一緒にいてあげるのよ」

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