見出し画像

百物語4「上の音」

僕は3階建ての古いアパートの3階に住んでいる。古いといっても、昭和40年代に西洋風建築を取り入れた鉄筋コンクリートづくりで、造りはしっかりしている。そうはいっても、やっぱり古い。

少し前からおかしなことが起きている。昼夜構わず天井の上で子どもが走っているような音がするのだ。僕の部屋は最上階の3階だから天井の上ということは屋根の上を走っているということになる。ベランダに出て屋根の上を観察してみるが、当然何も見えるはずがない。

初めは、もしかしたら太ったカラスが数羽で屋根の上を歩き回っている音なのかもしれないと考えて、それほど気にはしなかった。少し前までカラスの群れが屋根の上で騒いでいたので、カラスが屋根の上を歩いている音だと自分を納得させていたのかもしれない。

子どもといえば、僕の隣の部屋に住む女性には、やっと歩けるぐらいの小さな男の子がいる。その子どもが隣の部屋で走り回る音が反響して屋根の上から聞こえるということがあるかもしれない。

しかし、ソレがひと月ほど長く続いたので、隣に住む大家さんに、そのことを伝えた。ただし、「隣の子どもの走り回る音がウルサイ」などと報告すれば、隣に住む女性との間に波風が立つから「屋根の上で異音がするから調べてほしい」と言ったのだ。

翌日、ハシゴを持って部屋にやって来た。

「屋根の上にのぼって確認してみっから。悪いけどハシゴをおさえててね」と言って、大家さんは僕の部屋のベランダにハシゴをかけて屋根にのぼった。古いアパートの割には部屋のベランダは広く、三畳ほどの広さがあるだろうか。

「何もないようだな…ん、アレは何だろう?」と言うと、大家さんは屋根の上をドンドンと足音をたてて歩いて行く。僕からは見えないが屋根の上に何かあったようだ。

「どうしたんですか?」大家さんに声をかけるが返答がない。

しばらくして「うわあぁあ!」と大家さんが叫び声が聞こえた。

大家さんの足音がバタバタと聞こえると、そのまま慌てた様子でハシゴを降りてきた。

「どうしたんですか?」

大家さんは青ざめた顔で「屋根の上に子どもの死体があった。警察に電話してくっから…」と言うと、僕の部屋から走り出て行った。

子どもの死体…?バカな。屋根の上にどうやって上がったんだろう?子どもだとすれば、隣の部屋に住む女性の子どもだろうか?

5分ほどで大家さんが戻って来た。

「申し訳ないけれど、これから警察が来るから出かけないで部屋で待ってて」と言ってベランダに出た。僕もあとから続いてベランダに出て警察の到着を待った。

「子どもの死体があったんですか?」

「うん。カラスに食い荒らされてもの凄い状態になっている」

「ええ、でも、何で、子どもが屋根の上に?」

「わからん」大家さんは青ざめた顔のままで震えている。

遠くからパトカーのサイレンの音が近づいてくる。それがあっという間にアパートの前まで来ると、サイレンの音がやみ、数人の足音が聞こえた。

部屋のドアを開けっぱなしにしていたので2人の警官の姿が見えた。

「おお、おまわりさん、こっち、こっち」大家さんが警官を手招きした。

それからしばらくの間、大勢の警官に刑事に鑑識の人たちが入れ替り立ち替わりやって来た。そのうちに僕も刑事らしい人から、屋根の上で音がしはじめた状況などを聞かれた。そのとき、子どもが殺されたのであれば、僕も容疑者のひとりなのだと実感した。そのうち野次馬が集まってきて、アパートの周辺は大騒ぎになった。

翌日、大家さんから、隣の女性が逮捕されたことを知った。隣の女性が育児ノイローゼになって、発作的に子どもを窒息死させて、死体の処理に困って屋根の上に投げ上げたということだった。隣の女性は僕より身長が高く、がっしりとした体格で、小さな子どもを屋根の上に投げ上げることくらい簡単だったらしい。

それにしても、屋根の上で子どもの走り回る音が聞こえなければ事件の発覚はなかった。殺された子どもの霊が隣に住む僕に知らせてくれたのだろうか? 

不思議なことに隣の女性には足音が聞こえなかったらしい。人心を失ってしまった人間には自分の子どもの霊さえ感じられないのだと思った。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?