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伊豆堂ヶ島紀行3

 堂ヶ島のホテル「ニュー○○」に到着。

「荷物をお持ちします」なんて言って、数人に取り囲まれる。警官に取り囲まれる犯人の気持ちが少しだけわかった。

 「え、こんなボロイ荷物、自分で運びますよお…」とかグズグズ言ってるうちにボーイだかホテルマンの方々がおいらの汚い荷物を勝手に持っていっちゃった。恥ずかしいなあ…。ひとり、義妹だけが「ほいほい」と平気で対応している。

「本当にこのホテルでいいのか?」ってどきどきしながら義妹に聞く。

「いいんだよおお」って能天気な返事。

今回の宿泊計画は義妹に一任である。俺はなにやってんだ?

その昔、義妹の友達がこのホテルの系列ホテル(稲取○○)に勤め、で、そこのホテルマンと結婚したことで、義妹はしょっちゅう伊豆旅行をして、このホテルに宿泊するようになった。ところが7年前に義母が乳がんで亡くなると、その友達づきあいも縁遠くなった。今回はまさに7回忌にちなんで7年ぶりということだ。

あらためてホテル「ニュー○○」を観察すると、ボーイだかホテルマンの身のこなしやホテルのぴかぴかでやけに巨大な作りは、やけに立派であり…なんだか不安になってきた。おいら、貧乏なくせに金遣いの荒い両親に育てられたので、こんな温泉ホテルなんか何度も泊まったことがあるから平気なはずなのだが…8年前に破産してからめっきりと気が弱くなってしまった。精神的にも本物の貧乏人に成り下がってしまったのだ。

 あとで知ったことだが、日本の宿泊費用はどこもかしこも高いのである。ここも例外じゃないのだ。一発じゃなかった一泊ひとり3万円近いのである。

「お前、今までこんな高いホテルに何度も泊まれたもんだな?」って言うと「え、普通ジャン」って能天気な返事。義妹は、いつでも能天気なのである。こう言っちゃあなんだが、ナマコの家族はお金に対してはシマリ屋でどっちかというとケチな方である。家族旅行もめったにしたことがないのに、この義妹だけは妙なつきあいで金を使うのだ。

今は困ったことに年下の若い男に狂っていて、そいつのためならなんでもする、いくらでも金を使うといった具合だ。

 その若い男がイケメンならば、問題ないのだが、それがブサイクめがねデブと…こっぴどく不細工ときたもんだから始末が悪い。

 なんでも北海道の牧場のひとり息子で、東京にワンルームマンションを買ってもらったぐらいの裕福野郎なのだが、浪費家の僕が言うのもなんだが金遣いが荒くて、デジタリーなものオタクであり、当然Mac馬鹿でもあるのだ。義妹は、そいつの影響を受けるもんだからデジタリーなものをよく買ってくる。というか不細工なカレのお下がり品を買ってやるのだ。

「これもう使わないから買ってよ」「いいよ」ってな感じである。

 おっと、伊豆である。

 部屋に通されると、荷物を運んでくれたボーイだかホテルマンだかがなぜかニコニコしている。

 義父がおいらを手招きして「ヒソヒソ…かっちゃん、ああいう人にはチップってのを渡すんじゃないの?ぐすぐす」すぐ目の前に義父の顔がある。義父を見ると真っ赤に腫れた鼻から透明で粘液質の鼻水をびろーーーんと垂らしている。義父と義妹は毎年花粉症の季節には鼻炎がひどくて、しょっちゅう鼻をかんでいる。

 「そうだよねヒソヒソ…」

「いくらぐらいかねヒソヒソ…ぐすぐす」

昔昔…ロングロングアゴー…おいらの家族が旅行した折に、父親がよく3千円をちり紙に包んで渡していたのを思い出し、今のチップ相場なんか関係なく「3千円くらいかな?」って3千円をティッシュに包んだ。「あ、これ、少ないですが・・・」ってボーイだかホテルマンだかに渡そうとすると「あ、これから部屋の担当者が参りますから…」って立ち去る。

 「なんだ、女中さんが来るんだってよ」「ほえーーーーそうなのか?ぐすぐす」「チーン!!」義父と義妹がそろって鼻をかみ始めた。

 「女中さんが来たら、そんとき渡すよ」「ほえ・・・ふぁ、ふぁ、ふぁい・・・ふぁっくっしょん!」今度はくしゃみである。

 年寄りは限度を知らないからくしゃみもでかい。ついでに唾液や鼻水も飛び散る。「きったねえなあ・・・」義父にもこの口のききようである。世話になった義理の家族も大事にしないのがおいらの偉いところだ。

 しばらくすると「失礼いたぁしますぅ・・・」って甲高い声をはりあげながら石井苗子ばりにきつい顔をした女中がお茶道具を持ってやってきた。「あ、あの・・・」いきなり隙を見てチップを渡そうとするのだが、うまくタイミングが合わない。石井苗子女中は「へ?」ってな顔をして気持ち悪そうにおいらを見る。

義父が鼻水をたらしながら「かっちゃん、お茶の用意をしてもらってからでいいじゃないか・・・ぐしゅん」「あ、そうかあ・・・」石井苗子女中の動きを見ながらティッシュを渡すタイミングを測る。

 「お風呂に行かれるならこの廊下の突き当たりにあるエレベーターで4階に下りていただいて、右にまっすぐ行っていただくと大浴場です。7時まではタオルサービスがありますが・・・」ああめんどくさいから話を全部聞かずに浴場に赴くのである。複雑なホテル内を動き回ってようやく大浴場である。

 「いらっしゃいませ。バスタオルをどうぞ」なんてサンスケさんのようなイカツイふたり組が浴場からあがってきた全裸の客にタオルを渡している。なんだかホモっぽい光景だ。

 「かっちゃん…ぐすぐす…」

「Oh!びっくりするじゃないか!とうちゃん!いつ来たの?」

「いまだよぐすぐす…」って義父は、もう全裸になってるし…。それに俺よりでかい…本当に…無駄にでかい。80近いくせに…んなろう…。

 「背中流してあげるよ」「おう…」ゴシゴシ…って擦ってやる。って先に風呂に入る。

 大浴場は広く、なかなか良い。比較するのはおかしいが、群馬県の河原湯温泉の大浴場よりよろしい。アソコってもうすぐダム底に沈むくせに金儲けに傾いている。ダメダメである。しかし・・・関東近辺の温泉ってみな湯温が低い・・・ぬるいのである。

 大浴場の窓を見ると外に露天風呂がある。外に出て露天に入る。海が見えて凄くいい。しかし外は肌寒い。中の浴場に引き返す・・・ふと気がつくと義父の背中を洗ったはいいけど流すのを忘れていた。義父の背中は泡だらけで、そのまま湯船に入ろうとするのを止めて「ちょっちょっと、ごめん、ごめん、背中を流すの忘れてたよん」ざーーって流して再び湯船に浸かる。しばらく浸かって、今度はスチームサウナに入る。充分汗が出たところで浴場を出ようと義父を探す…と、まだ身体を洗っている。義父は長風呂なのである。

 「先に出っかんね」

 「おう」

 ひとりで風呂を出ると、先ほどのサンスケさんたちがいない。7時を過ぎたからだ。勝手にバスタオルを取って「ふー」って浴場の立派な椅子に座る。しばらく休んで大浴場を出る。部屋に戻るとさっきの石井苗子が食事の支度をしている。

「お帰りなさい」

「ふぁい・・・」ってナマコも義父も義妹もいない。苗子と二人きりなので恥ずかしいから椅子に座って本を読んだフリをする。


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