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百物語15「忘れ物」

雨が降っていた。

僕は船橋から最寄り駅までの電車に乗っている。
車窓のガラスには進行方向から後方に向けて雨水の筋が走っていく。車窓の外に光る街の電光看板の灯火を雨水の筋が引っ張っては消えていく。

数駅に停車したあと僕の最寄り駅の灯りが見えた。電車は少しずつブレーキをかけながらゆっくりと駅のホームに入っていく。僕は早めに降車の準備を始める。せっかちなのだ。

電車が停車してホームのプラットホームドアが開くと、也や遅れて電車の降車ドアが開いた。

「かみさんに電話して家の近くまで傘を持ってきてもらうか?」と考えながら降車すると声をかけられた。見れば若い女性だった。

その女性は「傘を忘れましたよ」と言って僕に傘を渡した。見れば、赤くて、かなり大きな傘だった。
「違いますよ。僕の傘じゃありません」と言っているうちに、女性の姿は見えなくなった。ちょうど僕が乗ってきた電車が発車したので、それに乗って行ってしまったのだろう。
「どうしよう?」迷ったが、外は雨が降っているのだ。
「ちょうどいいから使わせてもらおう」と即断した。晴れた日に駅に忘れ物だと届ければいいのだ。
改札を出て駅の外を見た。かなり降っている。
「良かった」
傘を開こうとするが、普通の傘より大きいので重い。不思議なのは女性から手渡された際よりもかなり重いのだ。
「おかしいな?」
それでも傘をささなければ、びしょ濡れだ。
「よいしょっと」と傘を持ち上げて開くジョイントを押し上げると傘がバサッと大きな音がして傘が開いた。
驚いた。先ほどの女性が傘地に貼り付いていて僕を見下ろしていた。




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