苦悩の年間
「瞬間涼化された8月1日」
今日は大雷雨でしたね。干魃生活を一瞬だけ涼化してくれました。
皆さんは時間に対してどのような感覚をお持ちでしょうか?私たちはこの世に生まれ落ちた落ちた時から「余命」とか「運命」いう言葉につきまとわれて、いや、制御されているんです。秒の・・・もっともっと気が遠くなるほど細かな時間に私たちは制御されている・・・何だか怪しい宗教のようですが、まあ、僕個人の考えですから笑ってやってくださいな。
今年も既に半年が過ぎました。それにしても60歳を過ぎてからの1年という時間感(時間経過の感覚)は本当に短いですね。これで、日々仕事や勉強に追われていたり、人と精神的な交流をしていたら、その時間感は恐ろしく長いものになるでしょう。時間に制御されている人生というのはそういうものだと思います。
70歳を過ぎても日々仕事に追われるだけでなく、周囲に目を配り、あらゆるモノに好奇心を持って生きている人を知っています。
毎年、年の初めに「今年こそ余裕のある生活を送ることができるだろう」と思うのです。ところがねぇ~まあまあ苦しくて余裕などないのです。そこそこに暮らせるというのは僅かな余裕があるのでしょうね。
しかし、「富裕な方々の余裕」とは明らかに違います。富裕な方々とは何者か? 国会で熟睡したり、国民が苦しんでいる最中に海外研修旅行できる反社会的な女性国会議員たちというのは凶悪強盗犯と同じですから富裕層ではありません。国会銀とか芸能人とか文化人というのは富裕な人に見えますが、ITで瞬間的な成功を成し得た卑しい成金レベルの人たちと同じです。
本物の富裕な方々というのは、まあ、昔で言えば財閥とか(笑)ね。生まれつき余裕のある生活をしていらっしゃる方々というのは少ないけれど存在するのです。そいつらと比較すれば、僕の僅かな余裕というのは実に惨めな余裕です。もっともっと仕事をして余裕を作りたいのです。
日々仕事をしたくても希望する仕事などないし・・・てなこと書くと、「何でもやってみりゃいいじゃん」的な発言をする輩がいらっしゃるのですが、そういう人たちには何を言っても無駄なので、作り笑いをしながら「まあ、それもそうですね」的な回答をして、作り卑下笑みをしたりするのです。
「敗戦の日」
もう8月ですよ。
8月には広島原爆投下(6日)、長崎に原爆投下(9日)、終戦記念日(15日)というのがありますね。実際は、降伏を受け入れることにした敗戦の日ですけどね。でもね、戦争が終わったのはいつか?と外人に聞くと「9月2日だ」と答えるんだと、孫崎享さんが書いた「戦後史の正体」(創元社)に書いてあります。
8月15日は昭和天皇が「降伏の詔」をラジオ放送で流した所謂“玉音放送”の日です。要は日本が降伏すると述べたに過ぎません。戦争では一方が降伏しても戦争相手が降伏を認めなければ戦争が終わったことにならないのです。
我が国と戦った米国、英国、中国、ロシアの人々が「日本との戦争が終わったのは9月2日だ」と答えるというのは、東京湾に停泊していた米国戦艦ミズーリ号(浅野忠信も出演した映画バトルシップで最後に戦う軍艦です)で、「降伏文書に署名」した日が9月2日だったからです。
1945年当時の米国大統領のトルーマンは、9月2日の降伏調印式の直後に「我々は真珠湾攻撃の日を記憶するように、この日を“報復の日”として記憶するだろう。この日から我々は安全な日を迎える」とラジオ放送で述べました。
では、僕たちも日本が敗戦濃厚な時期に広島と長崎に原爆を投下し、東西の首都圏を空襲して大虐殺を行なったことを永遠に記憶するとしましょう。
「苦悩の年間」
今週の木曜日は、カルチャースクール講師の日です。
講座では、上記のような敗戦の日の日本人と外人との意識の違いというのをやります。これは講座資料の一部なんですね(笑)。
2013年から10年間にわたってカルチャースクールの講師をやっています。これまでの受講生さんは20人ほどですが、ほとんどが戦争を経験された人たちで、文章講師前に自分史講師をしていた時には、個々の戦争経験談を聞いて涙したりしたものです。
あ、余裕のある生活の話をしていたのでした。
年の初めに占いなんかを見て「今年の中盤に一生稼げないほどの金が入るであろう」なんて言われたら、もう信じちゃうわけですよ。もう中盤を過ぎましたから結局、当たりませんでしたね。宝くじで1万円当たっただけです。1万円って・・・僕にとっては大金ですが、一生稼げない金額ではないですよ(T^T)。
もちろん脆弱な人心を左右する占い師も宗教家も政治家も嫌いなので、信じてはいませんが(恥)ね。
んで、来年こそは「やってやるぜ」なんて思うわけですよ。でも絶対にダメ。なんてことない年で終わっちゃうだろうと思うんです。家族が病気したり、死んだりしなきゃ貧乏でもいいんですが、でも、家族が病気になったら大金が必要になる(かもしれない)じゃないですか?
ですから、僕の希望は、「金なんかいらないから家族が病気したり死んだりしないように」と祈るだけなんです。
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