夜の郵便配達「一周忌」1
1.
午前1時を過ぎていた。
妻が大事にしていた猫のミーが僕の顔を見つめている。
「どうした?」と言うと「ニャア」とひと鳴きして、自分の寝床から玄関に向ってヨロヨロと歩いて行く。
ミーは、1年前に死んだ妻が可愛がっていた猫だ。今年で15歳になるが、妻が死んでから元気がなくなった。妻が死んでから極度の鬱状態になっていた僕は、ミーを獣医に連れて行く気にもならなかった。そのうちに寝たきりの状態になった。妻が大事にしていた猫だから死なせるわけにはいかないと、ようやく医者に診せたら、腎臓が悪くなっており、「治療しても既に手遅れの状態」とのことだった。
僕はミーがフニャフニャと歩く姿を見つめている。
すると、玄関のドアの前に座って「ニャア」と鳴いた。
「なんだよ…」呟きながらミーのいる玄関に向って歩いていく。
「ニャア…」ミーが僕の顔を見上げた。
「何だよ、玄関の外に誰かいるのか?」
ミーはまた「ニャア」と鳴いて玄関のドアにカリカリと爪を立てた。
「ったく…。じゃあ、お前はこっちに来なさい」と言ってミーを抱いた。ミーが外に出たら大変だ。それこそ死んだ妻に怒られてしまう。
ミーは、うちに来てからはあまり外に出たことがない。妻と一緒に15年間のほとんどを家の中で過ごしてきた。たまに妻がミーをケージの中に入れて出かけることもあったが長い距離ではなかった。
「なんだよ…」スリッパを履いて片手で玄関のドアを開けた。
ドアがゆっくりと開くと、そこには死んだ妻が立っていた。
2.
「なんだ、戻ってきたのか?」
「うん、1周忌だからね」
「あ、そうか。今日はお前の命日だった」
妻は見たことのない白いワンピースを着ていた。僕がそのワンピースをじろじろと見ていると「これは、死んだ人の国の服なのよ。みな同じワンピースを着ているのよ」妻が笑った。久しぶりに見た妻の笑顔だった。
「まだ寒いから、ほら、とにかく、中に入れ」
「うん」
「あれ、お前裸足じゃないか?ちょっと待ってろ」僕は風呂場まで走って、バスタオルを持って来た。
「ほら、これで足を拭け」
「ありがとう。でも大丈夫よ、あっちでは何も汚れないのよ。一応拭くわね…」
妻の足を見た。外を歩いてきたはずなのに少しも汚れていない。というか、半透明だった。
「忘れたの、私は死んでいるのよ」
「忘れちゃいないけど、足が半透明になるとは知らないよ」
「あ、そうか。ふふふふふ」また妻が笑った。ふたりでゆっくりとリビングまで歩いた。
「何か飲むか?お前の好きだった珈琲を煎れようか?」
「まだキャンプ用のパーコレータを使っているの?」
「あれには、お前との思い出がたくさんつまっているからね」
「ふふふ、じゃあ、豆を少なめにして薄いのを煎れて」
「わかった…そこにミーと一緒に座ってろ」
「うん…あのさ…」
「なんだ?」
「ミーを連れていくわよ」妻が悲しそうな顔をした。
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