湯島の夜「ファウスト」
1969年代から70年代にかけてクラウト・ロックというジャンルがあった。クラウトとはキャベツの酢漬けザワー・クラウトを食すドイツのことで、つまりドイツのロックという意味だ。
当時、クラウト・ロックは前衛的で実験的で、要は芸術音楽のひとつだった。クラウト・ロックはドイツ本国よりもイギリスで人気を得て、70年代の後半から80年代にかけて発生したニュー・ウェーブなどに大きな影響を与えた。
ちなみに日本では90年代に“60年代~70年代のプログレッシブ・ロック再評価(同時に紙ジャケCDブームになった)”の頃までジャーマン・プログレと呼ばれており、現在はジャーマン・プログレ→クラウト・ロックと呼ぶことが定着化したようだ。プログレッシブ・ロックというのは、その名の通り“進歩的ロック”のことだ。ということはクラウト・ロックもプログレッシブなのである。
さて、クラウト・ロックの代表的なグループに、アモン・デュール、タンジェリン・ドリーム、グル・グル、カンなどがあるがもうひとつ重要なグループがあった。
それがファウストである。ファウストというのは「拳骨」という意味だ。
僕は暗くて激しい音楽が好きだ。明るく能天気で、多くの人の聴覚をくすぐる音楽なんて聴きたくもないのだ。何せ生まれて初めて小遣いで買ったレコードがピンクフロイドの「狂気」だった。レコード屋に行って何でもいいからってジャケット買いしたのが「狂気」と、スリー・ドッグ・ナイトの「セブン・セパレート・フールズ」(こちらは暗くない。子のアルバムには入っていないが、ヒット曲に誰もが耳にしているであろうジョイ・トゥ・ザ・ワールドがある)だった。
ところが、若さゆえ、小難しい音楽構成など理解できるはずもなく、それ以降はハード・ロック→ヘヴィ・メタル一辺倒になった。といっても、プログレッシブ・ロックもハード・ロックとの接点がある。ディープ・パープルのデビューアルバム「ハッシュ」セカンド「詩人タリエシンの世界」は、サイケデリック&プログレッシブであり、ヒットした「ハイウェイ・スター」や「レイジー」など長尺の曲もシンフォニックであり、プログレッシブなのだ。
昔のロックというか歌謡曲も何もかも1枚のLPアルバムを作ろうとする際には「全体を通すテーマ」があった。これは、紛う事なきプログレッシブなのである…と僕は思う。つまり、昔の、ポップスもロックもジャズもプログレッシブだったのである…と僕は思う。現代のテーマも持たずに矢鱈と聞き心地の良いヒット曲だけを創造するのは全然プログレッシブではないし、音楽でもない(個人的な意見です)。
さて、ファウストである。1971年にリリースされたアナログレコードの復刻版である。写真をご覧いただければおわかりだろうが、透明なビニール製のジャケットに、同じく透明なビニールに文字と拳骨が印刷されたカードと透明なアナログレコードが入っている…という芸術的な作りになっている。ファウストだけでなく、当時のアナログレコードジャケット(特にプログレッシブロック)は、ジャケットの中身が回転したり、バナナのステッカーが剥がせたり、ジーンズのジッパーが開閉できたり、トランプやタロットカードが付録に付いたり…と凝ったものが多かった。これらが中身にも反映されており、実に芸術的だったのだ。これが90年代に当時のジャケット装丁をミニチュア化してリリースした「紙ジャケット」に結実するのだ。
ついでに言うと、同時代にはお菓子のグリコに「タイムスリップグリコシリーズ」が登場して、まずは懐かしの家電や車に怪獣…などをミニチュアフィギュア化した“おまけ(とはいうものの主役であった)”から、続いて60~80年代のシングルレコードのままのミニチュア化がリリースされた。僕も一部所有している。
ああ、ファウストだ。音楽的には音楽的ではなく、遊んでいるうちに何となくできちゃったという感じの音であった。まあ、芸術とはそんなものだ。売れると思ったレコード会社の大いなる期待のもとリリースされたのだが、売れなかった。4thアルバム「廃墟と青空」までリリースしたがやっぱり売れなかった。商売にならなかったクラウト・ロックとして語り草となったのだが、写真のようなファーストアルバムのアートワークは有名になった。芸術とはそんなものだ。運が左右するのだ。人生と同じだ。
ちなみに写真(ちっさいねw)のような彼らのライブカセットテープも持っているが、倉庫の奥に入っていて出てこない。
では、また。
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