シルバー人材日記「西公園事件&カードキー紛失事件」2024/9/25
*これは、ややフィクションであり、事実に則るものではありません。
今日((2024年9月25日のこと)は、朝の7時からかみさんひとりで駅の放置自転車探し歩きに出かけた。本来なら自転車に赤紙(放置違反の警告紙)を貼るときに何かあったら大変なので同行するのだが、今日は午後3時45分から午後8時半まで児童見守り歩きがあるから、歩き過ぎで倒れてしまっては困るのでひとりで行ってもらった。
僕の方は児童見守り歩きの帰りに、かみさんが管理している中学校施設に立ち寄ってかみさんと待ち合わせて施設の解錠を手伝うことにしていた。
「ふたつの事件」
今日はちょっとした騒動が2件発生した。ひとつは僕の見守り歩きの最中に、もうひとつはかみさんの施設管理の際に起きた。かみさんの方はたいしたことがないので先に触れるが、要は解錠する際に施設を解錠してから警備会社のカードキーをカードリーダーにタッチさせて警備会社の警備を解除させなければならないのだが、カードキーが見当たらずに警備解除に失敗して警備会社の人間が速攻で出動させてしまったのだ。
見当たらなかった理由は、かみさんは鍵のホルダー紐を首からかけていたが、カードキーだけが首から背中にまわってしまったようだ。背中に背負ったカタチになったカードキーを紛失したと慌てて警備解錠できずにバタバタとしまったからだった。警備解除は30秒内に実行しなければならないのだ。それにしても警備会社の人間は迅速な対応だった。
警備会社を出動させてしまったから、これはシルバー人材の責任者と施設管理を行なっている生涯学習センターさんに怒られるのは必至である。
「西公園事件」
もうひとつの事件は西公園事件である。西公園というのは過日、僕が見廻り歩きを忘れて相棒のお爺ちゃん・Nさんと待ち合わせた公園である。
今日もそのNさんと見廻り出発点のT学習センター(先ほどの生涯学習センターとは異なる)で待ち合わせた。今日は涼しく、寒いくらいなので歩きには適している。小雨が降っていたのでTシャツにカッパの上着にアロハシャツを着て、傘をさして出かけたが、途中で暑くなってきたのでカッパの上着を脱いで腰に巻き付けた。
学習センターに着くと、Nさんがニコニコして「大谷観た?」って聞く。Nさんは野球と相撲が好きで、特に大谷が大好きだ。話題の大半は大谷のことだ。ちなみに今日の大谷はヒットを打って健闘したがチームとしては敗れている。
「はい、観ましたよ。負けちゃいましたね」
「うん、負けちまった」と言って被っていた帽子を脱いで笑う。Nさんはハゲ上がった頭に汗取りのためのハンカチをのせて帽子を被るから、帽子の中身がハンカチのように見える。
「ドジャースにはろくなピッチャーがいませんからね」
「うん、投げりゃあ打たれちまう、安心して観てらんないよな」
それから大谷とドジャースの話題で話が進む。
出発時間が来て「じゃ、行くか」
「はい」
シルバー人材の黄色いチョッキを着て、学習センターの外に出ると、まだ小雨が降っている。Nさんが前、僕が後ろという縦一列で歩く。
歩いているときも会話している。無言で歩くことは殆どない。しかし、あとで何を話したのかも思い出せないほど、つまらない話をしている。ただ、「ここは空き家が多い」「この団地の一部屋が1800万円で売りに出されていたけど、売れちまった」「ここは家電量販店が売りに出した家だけど1年経つのに売れない」とか主に住宅や団地の話であるように思う。殆ど住宅地の中を歩くのだから話題が居住に関する話になるのは仕方がない。
Nさんとふたりでトボトボと歩く。小雨は傘をささなくてもいいほどで、ミストシャワーのようなイメージである。しばらく歩くと、かみさんが施錠管理している施設がある中学校の横を通る。このあたりは昔は梨畑で夜になると真っ暗だったが、数年前に住宅が建ち並び、最近では近代的な介護施設もできたことで夜になっても明るい。
中学校を抜けて、僕の自宅近くを通り過ぎる。(かみさんは何してっかな?)なんて考えながら通りから100メートルほど奥にある自宅アパートを眺めながら歩く。
それからしばらく歩くと、過日の「見守り歩き忘却事件」時にNさんと待ち合わせた西公園に到着する。ふたつめの事件はここで起きた。
西公園は、すぐ近くに幼稚園と保育園があることで、晴れている日は幼児と母親に保育士などがたくさん遊んでいるが、この日は小雨で既に夕方近くであることから誰もいない。
Nさんと屋根付の東屋に座る。風が吹いてきた。寒くなってカッパの上着を着る。今日は着たり脱いだり忙しい。
「今日は寒いすね」
「風が吹いてっからね」
Nさんは青森県五所川原の出身で、話す言葉に少しだけ津軽弁の訛りがある。「どさゆさってわかる?」(どこに行くの?温泉に行くんだ)って津軽弁を語るときに有名なフレーズである。小学1年から4年まで青森市に住んでいた僕は何となく理解できるが、親切に説明してくれるNさんの顔を立てて知らないふりをする。
「どこに行くの? 温泉に行くんだってことだよ。津軽は寒いから話す言葉が短くなったんだよ」Nさんが笑う。これも有名な話で知っているが、知らない風を装って「へぇ、そうなんですか!」なんて調子を合わせちゃう。
そんな話をしていると、公園の入り口にパトカーがやって来てクラクションを鳴らした。大きな音だった。
「なんだ? 俺たちに用なのかな?」
「そんなわけないでしょう?」
Nさんがパトカーを凝視していると、パトカーからひとりの警官が降りて、パトカーの中の警官と話している。外に出た警官が僕たちとは反対側を指さすと同時くらいに陸上競技選手並みのダッシュを見せて、あっという間に姿が見えなくなった。
するとパトカーが動き出して保育園の駐車場に停まった。しばらくすると中からカッパを着込んだもうひとりの警官が、先ほどの警官の分であろうカッパを手にして走って行った。すると、この警官の前から小さな男の子を連れた中年らしき女性が歩いて来て、現場と思われる方向を指さして何か言っている。警官は頭を下げてまた走り出す。
「何かあったんすかね?」
「わかんないな」Nさんは警官が走って行った方向を見ていた。生来の野次馬の気が騒いでいるようだ。
そうこうしているうちに先ほどの男の子を連れた女性が近くまでやって来た。Nさんが「何かあったの?」と聞くと、女性が「あのね・・・」と話し出す。
男の子が僕の近くにやって来て何かを話しているのだが、よく聞き取れない。
「この子と向こう側の入り口まで来たら、ベンチで頭をベンチの下にして倒れているお爺さんがいたのよ。声をかけたら返事がないの。で、警察に電話したのよ」
「電話したんだよね!」男が叫ぶように言う。
「そうなの?大変でしたね。お孫さんですか?」
「そう、この子がここら辺に住んでいるから私が代わりに子守しているの。で、公園で遊ばせようと思ってね」
「そうでしたか」
「そしたらね、お爺さんが少し動いたからね、声をかけたら訳のわからないことを言うのよ。病院に行きましょうと言うと、行かないって怒るのよね」
「困ったんだよね!」また男の子が大声で言う。
「さっき、おまわりさんが来たから代ってもらって・・・大変だったのよ。あなたたちがもう少し早く来てくれていたら、助かったのに・・・」
(あ、僕たちはあくまでも児童見守りであるし、それにお爺さんが倒れていたと思われるあちら側は僕たちの担当外だよなぁ)と心の中で呟く。
女性の話を聞いて思い出したことがあった。義父のことだ。西葛西に住んでいた義父は認知症が酷くて、あちこち徘徊しているうちに駅前で転んで大けがをしたことがあって、名前も住所も言えずに葛西署に収容されていた。義妹から連絡があってかみさんと一緒に葛西署に行ったら顔中怪我をして椅子に座ってボーッと宙を見つめている。「おとうさん」かみさんが声をかけても「誰だ?」と言う具合だった。書類にサインしてタクシーで義父宅に送り届けたことがある。
「イヤな話を聞いた・・・」自分もかみさんも、認知症の義父の面倒をみたことがあったから、自分たちが認知症になったらどうしようかと考えている。こういう話を聞くと落ち込んでしまう。
そのうちに女性は孫を連れて離れたところで遊びだした。
「じゃ行くか?」Nさんが言うので「はい」と返事をして次の巡回先に歩き出すと、警官ふたりに支えられたお爺さんとお婆さんが歩いてきた。
「あの爺さんか? ああ、奥さんが迎えに来たんだな」Nさんも(僕も)爺さんなのに人ごとのように爺さんと呼んでしまう。
そのお爺さんの顔を見て、義父を思い出した。同じ表情をしているからだ。本当に認知症は恐ろしい。周囲に迷惑をかけてしまうから、できれば死ぬまで認知症にはなりたくない。
Nさんと僕は何度もお爺さんと警官の方を振り返りながら次の巡回先に向った。
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