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お隣さんのこと

僕たち夫婦は、それまで住んでいた15階建てマンションの11階の3LDKから今のアパート(2K)に引っ越してきました。買い貯めてきた本やガラクタを2Kの部屋に詰め込むのは無理でした。幸いにも4畳半ほどもある広いベランダがありましたから、そこに段ボール箱やプラスチック製の収納ケースを並べてその中に本のみを保管しました。大事な本でした。雨水を防ぐためにその上にブルーシートをかぶせて縛っておりましたが、1年も経つとブルーシートは雨水や強い日光で痛み始め、中の本はぐしょぐしょに濡れただけでなく不気味な色の黴が生えて廃棄せざるを得なくなりました。それだけではなく、段ボール箱のはゴキブリの越冬基地となっていました。これは気持ちが悪かった。

それはともかく、僕たちは4階建ての3階に引っ越したのですが、3階には2部屋しかありません。隣の部屋は空室でしたが、僕たちが引っ越してしばらくして、隣に年老いた母(おばあちゃん)と中年の娘が引っ越してきました。

それからたまに表で隣のおばあちゃんを見かけると、ヨボヨボと不安定な歩きをしていますが、アパートの急角度の階段を毎日上り下りしているのを見ると辛そうだなと思うこともあったのですが…。

隣の部屋と僕の部屋はベランダの面積が同じですが、隣との間は鉄製の薄い壁で仕切られています。しかし、ベランダの外側は幅1メートルほどのメンテナンス専用の回廊があって、隣との仕切りがないのです。

怖かったのは、その回廊をおばあちゃんがスタスタ歩いているのを見たときです。その回廊に入るためには1メートル以上の柵を越えなくてはならんのです。あれは何だったのでしょう?

あれから6年経ちました。その間に2回、アパートの更新をしています。しかし、1年ほど前から、隣の母娘の姿を見かけなくなったのです。

昨日、夫婦揃って駅前の不動産屋までアパートの3回目の更新に行ってきたのですが、そこで隣の母娘が亡くなっていたことを聞きました。

「随分前に娘さんが亡くなってね…。癌を患っててね。で、おばあちゃんひとりじゃ可哀想だから孫が面倒をみていたんだけど、1年くらい前には、おばあちゃんも亡くなったのよ。今、また入居者を探しているところなのよ。あなたたちは長く住んでほしいわ…お願いね」

隣の母娘が亡くなっていたなんて…ねぇ。おふたりとも病死だそうです。隣の部屋は事故物件にはならないだろうけどね。恐怖感よりも何だかふたりが気の毒で…。母娘とは出会った際に挨拶をするだけで、特に会話もなかったのですが、おばあちゃんの歩く姿を思い出すと何だか胸がつまるというかね…。

それから僕たち夫婦は不動産屋を出てアパートに戻ると、隣の部屋の前に立って手を合わせました。




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