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百物語3「後部座席の影」

父の会社が倒産すると、父はすぐに神奈川県Y市にある建設会社の面接を受けて、そこで働くことになった。当時、福島県K市に住んでいた僕たちは家族全員で父が就職した会社がある神奈川県Y市に引っ越すことになった。

そのとき僕は群馬県I市にある大学に在学中だったが、大学にはほとんど行かずに1年留年を2回繰り返しており、既に大学を卒業する気はなかった。これ幸いと大学を中退した僕は、父から借りていた車に乗って神奈川県まで向うことになった。

僕は首都高速に乗るのが怖かったので、それを避けるために群馬県のI市から利根川を越えて埼玉県本庄から寄居を経て八高線沿いに車を走らせて東京の福生に至り16号線でY市に向うルートをとった。そうなると困るのはトイレだった。高速道路にはサービスエリアがあるが、田舎町の国道といえば何もない。当時は24時間営業のコンビニ(*)も少なかったので、当然、空き地に放尿ということになる。

(*)24時間営業のセブンイレブン第一号店は、偶然にも僕が住んでいた福島県郡山市の店舗だった。当時、見物に行った記憶がある。1974年のことだ。

利根川を渡って本庄に入る。遙か昔、文久3年(1863)、江戸から京都へ向う清川八郎率いる浪士組が騒ぎを起したのも本庄だ。宿のことで芹沢鴨が怒り出して道の真ん中で火を燃やして騒動になった。

その本庄の明るい宿場町から外れて寄居方向に走ると、灯りは少なく薄暗くなる。さらに寄居を過ぎるとちょっとした山の中を走ることになる。飯能までは暗い谷間を走る。街道のところどころの集落にある自動販売機で飲み物を買って、それを飲みながら深夜のラジオ放送を聴いて先を急いだ。深夜のためか街道で行き交う車も数台だった。

越生の少し前あたりだったろうか? 猛烈な尿意を催してきたので、用をたすために空き地を探した。車をゆっくりと走らせると、薄暗い田舎道の先に空き地が見えた。そこには街灯がひとつ立っていて、ぼんやりと空き地にある電話ボックスを照らしていた。

その空き地で用を足すことに決めて車を停めた。急いで運転席を出て放尿した。僕の尿は空き地の雑草にかかってパサパサという音をたてた。尿の水たまりが僕の方に進んでくる。

「うわ」瞬間的に右によけると何かにぶつかった気がした。ぶつかったそれは木ではなく、生き物のように柔らかく感じた。しかし、何もない。

ようやく放尿を終えると背筋がぶるぶるっと震えた。放尿によって体温が下がるからだと聞いたことがある。

暗くなった街道は気持ちが悪いものだ。足早に運転席に戻ってドアを閉めた。すると、後部座席のドアも音を立てて閉まったような気がした。後ろのドアを見るとロックされていて、何もなかった。

「気のせいか?」

ドアをロックしなおしてキーを回してエンジンをかけた。街道の左右に注意しながら街道に車を出してアクセルを強く踏んだ。車は、また薄暗い谷間の街道を走る。車が走り出してしばらくすると、あることに気づいた。バックミラーで後部座席を確認すると、僕の後ろ側の席に黒い影が見えるのだった。僕は影に気づかない風を装いながら車を進めた。僕が影に恐怖することはなかった。

谷間の街道道から越生の町に出ると、街道筋は一気に明るくなった。後部座席の影はまだ座っている。しばらく走って飯能まで来ると、また尿意を催した。

そこで偶然にも24時間営業のコンビニを見つけたので、その駐車場に車を入れた。運転席を出ると後部座席のドアも開いたような気がした。僕はドアを閉めてロックしてからコンビニに入ってトイレを借りた。用足しが済んでから袋菓子を買って車に戻ると、後部座席の影はもういなかった。



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