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選挙野郎!!第1話 「参議院議員選挙の弐」

船橋の海老川は、かつて日本武尊が東征の際に、地元の漁師たちがこの川に船を並べて橋を作り日本武尊の一行を渡したという謂れがある。船で橋を作ったことから船橋の地名の由来ともなっているらしい。海老川沿いにはソメイヨシノと八重桜など500本の桜の樹が植えられ、毎年桜の季節には多くの花見客が訪れる。海老川を船橋駅から船橋大神宮に向かってしばらく歩くと宮本という地区があり、この一角には太宰治がパビナール中毒のまま「虚構の春」などの作品を書いた住居跡がある。

僕は、海老川に沿って作られた散策路を歩いて河野広栄の事務所に向かっている。雲一つない晴天に恵まれ、幾分涼しい春の陽気は歩みを活性化してくれる。僕は生来、怠け者で歩くのが大嫌いなのだ。

海老川散策路をしばらく夏見の台地方面に向かって歩くと、市場の前の広い道に出た。周辺を見回すと古臭い小さなビルに「河野ひろえ」と書かれた大きな看板が見えた。あれが徳田ビルらしい。その由来は知らないが、政治家というのは苗字だけを漢字で、名前をひらがなで書くというのが彼らの業界の常識のようだ。積極的に投票に行くのは高齢者だから読みやすいようにひらがなでということも言われるが、そんなことはどうでもいい。何かそんなところに僕は媚びたようないやらしさを感じるだけだった。

ビルの下まで歩いて、村野に電話をいれた。徳田ビルはずいぶん昔に建てられたようなコンクリート打ちっぱなしの壁は、斑に変色して、あちこちにひび割れが見える。事務所がある3階を見上げると河野広栄のニッカリとシバイじみた笑顔のポスターがベタベタと貼られている。

「あ、村野さん?田辺です」

「ああ、どうもですぅ、今、どちらにいてますのん?」

「急で申し訳ないんですが、今、ビルの下まで来ているんです」

「え、事務所の?徳田ビルの?」

「はい、今日はちょうど、西船橋まで用事があったもので、その帰りに寄ってみました。お忙しいようでしたら、日を改めて伺います」

「う、大丈夫ですよぅ、歓迎します、ほんじゃあ上がってきてください。エレベーターがないので階段を上がってきてくださいな」

「はい」

電話を切って入り口から中に入ると左側に階段が見えた。とんとんとコンクリートの階段を上がって行く。さすがに60歳近くなると体力の衰えを感じる。3階まで駆け上がると息が上がってしまった。事務所のドアの前で息を整えてから中に入ろうとしていると、勢いよく開かれたドアは、ガツンという鈍い音をたてて僕の頭部を直撃した。


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