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生死生命論「過去に生きる男2」

「過去に生きる?」

「そうです。過去に生きることであなた自身とあなたの家族、親族、友人、知人は永遠の命を保つことになるのです」

「彼らが死ぬ前の時間に生きればいいということですね」

「理解していただけましたね。嬉しいです。大切な人が亡くなる前の時間に生きることで、あなたも大切な人たちも不老不死の人生をおくることができるのです。それではひとつ、試しに過去に旅行してみてはいかがですか?」

「それでは妻が生きていた、僕が一番幸福だった時に戻りましょう」

「精神集中が必要ですから、それではあそこの公園に行きましょう」

「はい」

田村と男は駅前の小さな公園に向かって歩き出した。

「ところで、あなたは一体何者なんですか?」

「私は人が気づかぬ能力を伝える“能力伝道師”ですよ」

「能力伝道師? まんまじゃないですか?」吹き出した。

「自称ですからね。IT成金さんたちのようにアヴェリティ・エヴァンジェリストとでもいいですけどね」

「はは、あ、それそれ、それでいきましょう。英語はカッコ悪いモノをかっこよく見せちゃいますからね」

公園に着いた。

「それでは精神集中に入りましょう。私の言うようにしてくださいね。まず鞄をベンチの上に置きましょう。上着も脱いだ方が良いですね」

「上着も?」

「身につけるモノは少ない方が精神集中できるからです」

「はぁ」しぶしぶ上着を脱いでベンチの上に置いた。

「それでは目をつぶって下さい」

目をつぶった。

「精神集中には呪いが必要です。まず私が唱えますから復唱して下さい」

「はい」

「オンクロダノウウンジャクソワカ」

「オンクロダノウウンジャクソワカ」

「オンクロダノウウンジャクソワカ」

「オンクロダノウウンジャクソワカ」

「オンクロダノウウンジャクソワカ」

「オンクロダノウウンジャクソワカ」

「精神を集中させてこの呪いをあと20回唱えて下さい」

「はい、わかりました」自分の指を折って数えながら呪いを唱える。

「オンクロダノウウンジャクソワカ、オンクロダノウウンジャクソワカ、オンクロダノウウンジャクソワカ…」20回唱えた。

「唱え終わりましたよ。あとはどうすれないいですか?」男の返事がない。

「どうすればいい…ですか…」目を開けた。男の姿がない。

「まさか…」ベンチの上を見ると、鞄と上着がない。

「やられた!」

田村は、アヴェリティ・エヴァンジェリスト詐欺に遭遇してしまったのだった。鞄には銀行からおろした年金38万円、上着には現金3万円が入っていた。男は年金の日を狙って詐欺を働くプロだった。

駅前の交番に被害届を出した。

田村は自宅への帰り道をとぼとぼと歩きながら「あいつには詐欺の能力があるが、俺には時間旅行できる能力どころか何の能力もないんだな…」と呟いて涙を流した。

「オンクロダノウウンジャクソワカ」とは、便所の神様“烏枢沙摩明王”に対する呪文で、烏枢沙摩明王は「烈火で不浄を清浄と化す」神力を持つことから、心の浄化はもとより日々の生活のあらゆる現実的な不浄を清める功徳があると幅広い解釈によってあらゆる層の人々に信仰されてきた火の仏である。便所を掃除すると金運をもたらすとも言われる。

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