転生だけで終わる異世界転生

暗闇から引き戻される感覚は、恐らく生きている内に経験する事は難しいだろう。
スイッチがついたり消えたりする様に睡眠と起床は連なり
気絶もまた同じような物だ。
きっと暗闇を感じながら起きる経験なんて生まれた時か、死ぬときくらいのモノだろう。

しかし、僕はソレを感じながら目を覚ますのだ。

瞼が開く。
光が差し込む。
瞳孔が閉まる。
三工程の間に多くを悟る。

空は青い事。
仰向けに寝転がっている事。
後ろはちょっと湿っている事。

そしてなによりは。僕は生きているという事だ。
なにより僕の辞書から名前が抜け落ちている事は特筆するべきか。

記憶を戻す。
深く戻さずとも転がっている程寸舜前を思い出す。
名前も自ずと分かるだろう。きっと。すぐにでも。

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…僕は歩く。今日も歩く。
僕らが二足歩行になった理由は分からないが、少なくとも好きな人の手を握れるこの進化に内心感謝を述べながら歩く。
交差点は何時も同じような風景で、同じように動く。

赤で止まり、青で動く。
青で動き、赤で止まる。

単調な情景は単調に表現するに限る。

ふふって笑いが出る様な可愛げなんてないが、ちょっと愉快な気分になる。
こんなにも大勢の人間が。
こんなにも多様性を秘めた個性が。
そしてこんなにもひしめき合う個人が。

たった二色の色に従って進むも進まないも確定されるのだ。

のんびりと僕を乗せて進む二足は、点滅する青色の
「早く進め」
を意にも介さずゆるやかに歩みを進めていくのだ。

赤になると同時にもちろん止まる。
特に疑問を呈するわけでもなく止まれるのは、恐らく僕はこの世に生きている証明なのかもしれない。

ぼぅ……っと、目を薄めてみると、先ほどまで明確に煌めいていた町の彩は、まるで遊園地の様に多彩なイルミネーションに様変わりする。

僕はこれが大好きだ。

色は光で出来ている。それは捉えようによっては目に見えるもの全てが希望ともとれるだろうか。
世界の変え方なんて目を細めるだけでも充分に変えられる。

僕だけの秘密のような。そんなこそばゆい感覚が好きだ。

僕は「特別ではないが特別である」という矛盾性はきっと『動物』ではなく、『人間』しか持ちえない素晴らしき感性に違いない。

物思いに耽るのは良くない。周りを見失うからだ。
……ふっ、っと視界の右端を黒い影が通る。

ほらこんな感じに。
無意識に手が出る。

意識が【少年の肩】を掴み引き戻しているのだと感じた時、自分があまりの不意に、体勢を大きく崩している事を悟る。

今度は一色の白いイルミネーションが眼前に大きなクラクションと共に迫りくるのを見て目をつぶる。

何かを思い残す事すらできずその刹那。
僕は文字通り体と意識を飛ばす。

遠く遠く。
深く深く。

次の人生があるならばもう幾ばくか笑って過ごせばよかったと感じながら。

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“目覚めなさい”
そう言われたような気がした。


僕が誰で、ここはどこかは分からない。


気がしただけかもしれないが確かに耳に届いていたと思う事実だけが落ちている。
だから僕はゆっくりと目を開けるのだ。落ちている事実を拾い上げるように。


(…まるで信号の時の皆のようだ)

と感じ……。
クスリと笑う。
ああ、そうだ。クスリと笑うのだ。
きっとここは新しい人生なのかもしれない。

天国か地獄か……はたまた病室か。

少なくとも僕にとっては何処に居たって何時だって新しい人生だ。
だからあの時決意したもう幾ばくか笑って過ごすなら今だ。

目を開けたならやるべきは声の主を探すことだ。
神か悪魔か。それとも病室の先生かもしれないが少なくとも僕を呼んだことには間違いない。

だが悲しいかな。
目に映るのは羽と美貌と後光。
金髪とはこうも輝くものなのかと金糸にも似た…しかし柔らかく繊細な髪質と、その西洋に描かれるような美貌。どんな鳥類だって勝てやしない程に美しい白く雄大な羽。
有体に言うならば『女神』という形容が容易いだろう。
自らの語彙力の無さを深く刺し殺したくなる感情に身をもだえるが、僕の言語能力ではそれ以上には言い表せない。

それほどまでに『女神』とは名を体で表していた。
その女神はゆっくりと口を開き僕にこういうのだ。

■あなたには二つの道があります。一つはこのまま魂を燃やすこと。そしてもう一つは新しい世界を歩むことは出来るが大きな業を背負い生きる事

思い描いていた絵とは違うが、なるほどこれが三途の川と呼ばれるものなのかもしれない。
無知で大変申し訳ないが、一つ目の意味はどういうものなのでしょうか?

■魂を燃やすという事は無に変えるという事。このまま貴方は消えてなくなり世界は新しく命を生み出す事でしょう

輪廻転生とはいかないものなのでしょうか?

■古きものは去り。新しき可能性を育むのはどの世も理は同じです。

確かに輪廻を回しているのだとしたら世界は詰まらないものだと思っていましたが……なるほど合点が行きました。
それで二つ目の『大きな業を背負い新しい世界を歩む』とはどういう意味なのですか?

■新しき可能性の枠を一つ潰す『業』を背負い、そして世界の命運という『業』を背負い生きる道です。貴方は選ばれた人間となる事を強制され、大きな時代の奔流を生み出し、自らも流されてゆくでしょう


なるほど、理解はできますが実感は沸きません。
とはいってもお試しで…という軽いものでもないのでしょう。
私では命の秤を持つには荷が重すぎます。

……そうだ。女神様であれば分かるものかもしれません。
『新しき可能性』と『私』はどちらを選ぶべきなのでしょうか?

■時代を変えるのはまさに『役割』でしかありません。貴方が成さずとも次来た人間が成すのかもしれまん。もしくは新しき可能性が成す事もあるでしょう。程度の違いはあれどちらにせよどちらかの『枠』は消えている事に変わりはなく貴方が決めるべき唯一の決められる選択肢です。
赤か青か。今あなたが見ている色の名前を決められるのは貴方だけです”

淡々粛々とどちらも併せ持った態度でそう語る女神。
一旦どれだけの人間を見たのだろうか。
…果たして人間だけなのだろうか。
生きとし生けるモノに全て同じく道を指示しているのなら?

気が狂いそうだ。現に震える。
想像力の許す範囲で感覚に身を任せて震えてしまうがそれ以上に考えねばならない事がある。

私は人生の岐路に立っている。
生きている間。多くの取捨選択を行ってきたつもりだったが、ここまで強烈な『岐路』を感じたことはない。愛情にも似た感情が沸きあがる。
これほどまでの選択をさせてくれるのかと心が震える。

覚悟を決めよう。
深く深く考え沸き立つような覚悟の意思でそう決める。

初めての自我を纏おう。
僕は初めて選択を行えたと喜びながらそれを纏う。

大きく呼吸をしなおして僕は言うのだ。

女神様
私は新しきを背負います。


そんな決死にも似た宣言を言うや否や女神は何も語らず。されど表情はまるで旅立つ息子を見る母親のような目で一瞥した後手を差し伸べる。

何の気なしにその手を握ると辺りが深く温かみのある光に包まれていくのだ。

まるで抱擁するように。
まるで最後の別れを惜しむように。

再び離れ行く意識と体を感じながら僕は笑えていたのだと思う。

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そして現在に至る。
自分は誰かを蹴落としながら生きてしまっている。
だがよくよくと考えずとも前の人生でも同じだった。
蹴落とさずして生きているものなど存在しないのかもしれないと思いながら。

僕はゆっくりと体を起こした。

僕は名前を知らない。

だがこれから先多くの苦行や困難が待っている事は知っている。

立ち上がるは今ぞと立ち上がるのだった。

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