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ロングディスタンス

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カメラ男子先輩とオタクランナー後輩の長い初恋の話。(完結)
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2021年3月の記事一覧

愛日と落日④

 練習を終えて同級生や後輩らと後片付けをしている最中も、重陽は双子とそれ以外の部員の間で「まあまあ」と「そこをなんとか」を繰り返した。 「遥希! 喜久井に三角コーン運ばせんなって。お前後輩だろ」  といつもは重陽を「ホモくさ」とからかう副部長の市野井(いちのい)元(はじめ)が声を張る。肩を竦ませたのは遥希ではなく、むしろ重陽の方だ。ついつい何も考えず片付けに手をつけてしまった。 「は? 別にそれ、先輩後輩関係なくないっすか。気付いた人がやりゃいいじゃん」  絶妙に生意

愛日と落日③

 春から夏のトラックシーズンは総体、国体、U18選手権と、大きな試合が目白押しだ。と言っても長距離専門の重陽は、トラック大会では五千メートルに集中するのみである。  全国高校総体は五月から六月にかけて全国で順次地区大会が始まり、それを勝ち抜くと次は県大会、その次には地方大会と、予選が三回ある。そしてその地方大会を勝ち抜いた先にあるのが全国大会──いわゆるインターハイだ。  重陽は、三年目にして初めて地方大会を勝ち抜いた。  けれど二つ下に鳴り物入りで現れた双子が一位と二

愛日と落日②

 母の作るスコーンとレモンパイはエヴァンズ家秘伝のレシピで、重陽の好物だ。あんまり狂おしいほど旨いので、一人息子に料理を教えるのを渋る母にしつこくせがんで作り方を教えてもらった。 「美味しい! やっぱりメレンゲって手で膨らませると違うわ」  息子との合作レモンパイを一口食べるなり、母は顔を綻ばせて頷いた。 「そうかな。おれはハンドミキサーでやった時の方が好きだな。あれは文明の利器だね」  と重陽が答えたのはひとえに、母を立ててのことだ。この人に「自分は至らない母だ」と