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ブランディング重要って思うけど、ブランドって何?どうすりゃいいの?に、ガブリ四つする回。

社内の経営戦略勉強会「Tribal Professional Academy」、通称「TPA」。今回のお題は「ブランド戦略」。

課題図書3冊を読んだ順に、学びや考察をまとめてみよう。

実はこの「ブランド戦略論」を読み始めてしばらく、どこかいまさら感みたいな気持ちが付きまとっていて、これはどういうことかと思っていたのだけど、途中でその正体がわかってスッキリする瞬間があった。

ブランド戦略は、経営戦略、マーケティング戦略、コミュニケーション戦略などとどのような関係にあるのだろうか? 実は、具体的な企業のアクションレベルに置いて「純粋な」ブランド戦略だけのアクションというものは(中略)ほぼ存在しない。

つまり、ブランド戦略とは経営戦略やマーケティング戦略、コミュニケーション戦略の中でのみ“意識される”ものである、と。えー!

このことはふたつの意味で面白いと思った。

ひとつは、既視感の原因として。今まで私たちはTPAの各回のテーマの中で、ブランド戦略と実践について無意識に学んできていたのだ。

そのことは、本書の実践編のなかでより強く実感される。例えば、ブランド戦略の5つのフェーズの中のフェーズ1「基礎的検討」では、「ゴーイングコンサーン」を存在前提とした市場戦略の話が出てくる。フェーズ2「経営戦略レベル」では経営資源、競合、流通、コスト、顧客など子細な分析がフレームが展開される。うん、これらは経営戦略論などで習った。フェーズ3「マーケティング・レベル」フェーズ4「コミュニケーション・レベル」に至ってはそのもの。もちろん言葉や粒度は違うんだけど、フレームワークは同じこと。

もうひとつの面白さ、それはブランドそのものの本質もまた、無意識にあるんじゃないかと思ったこと。本書ではブランドをこう定義する。

「交換の対象としての商品・企業・組織に関して顧客がもち得る認知システムとその知識」

では、この”ブランド”はどう創られるのか? 
本書では、現代ブランド(=ブランド名、シンボル、パッケージ・デザイン、広告販促イメージなどの要素が揃ったブランド)の生成にはイノベーションが必要、としている。というのも、イノベーションこそが顧客に新しい生活パターンが生じさせ、変化をもたらした強烈な「体験」、おそらく価値観の転換がブランドを意識させるのだ。うん、至極納得。

けれど、ここからが面白い。イノベーションはただ起源の一撃に過ぎず、ブランド化するには「起源の忘却」が必要なのだという。・・・忘却?

「起源の忘却」とは、ブランドがもともと持っていたイノベーションの意味が忘れられ、その名前だけが消費者の記憶に残り、社会的に流布し、さらにブランドがメディアのメッセージによって新しい顧客知覚を得る、という事態のこと

つまり、ブランドがブランドであるためには、イノベーションを起こして一回忘れられて、さらに新たなコミュニケーションなどで新しいポジショニングとして現れなければならないよ、ということ。
ブランドの本質は「認知システムとその知識」であるゆえに、人間器官のなかに植えつけられた記憶=無意識下に置かれてしまう運命。だから”こすり”続けなきゃってこと。(その例が、キリストの復活祭。つまり、なんども反復されてパターン化して集団的記憶になる)

ちなみに、これって、イノベーター理論の浸透プロセスでも同様に語れるんじゃないかしら?なんてほんのり思ったりしたけど、今日のところは深入りしない。


続いての課題図書はこちら。

読む前に「マーケティングの常識に喧嘩を売った一冊」くらいの入れ知恵があったのでそのつもりで読んだら、のっけから敵意丸出しな書きっぷりが奮ってて、ちょっと笑った。
ただ、正直にいうと、本書がコトラーに代表されるマーケティングの“定説”に真正面から対立した説を展開しているのかどうか、私には具体的にはわからなかった。自分はマーケティングの知識も経験も浅すぎる、と、ちょっとがっかり。

一方で、つっかえるように残り続ける違和感の正体は一体何なのか、自分なりに考えてみたい。

ひとつは、内容の多くに素直に「うんうん、そうだろうねえ…」と思ったこと。あまりに当然のことのよう思えたことが(入れ知恵も手伝って)天邪鬼的に引っかかる。なぜだろう?
おそらく。著者がエビデンスとして示すものの論拠が、科学的裏付け、徹底的な統計といいながらも、指標からして定説の範囲のうえに、それらの立証がエビデンスになってない気がするからなんだと思う。例えばダブルジョバディの法則の説明。

売り上げが低いのは、ブランドの購買客数が少ない上に購買頻度も低いという二重苦を背負っているためである。

・・・・。何だろうな、終始こんな感じ。

奇しくも本書の中で、著者はこんな言葉を使って顧客維持率についての著名な論文に対して「ただの理想論でしかない」と切り捨てた上でこう述べている。

これはトートロジー的な同じ内容の言葉の繰り返しであって、現実世界で顧客維持を実践した結果を観察して得られた発見ではない。これではまるで「宝くじに当たれば金持ちになれる」と言っているようなものである。理屈は正しいかもしれないが、発見とは言い難い。

著者による自分は違うんだ!という怒りにも似た叫びは、この一文に表されてると思う。
そして私には、著者による法則は”発見”ではないと感じるし、けれどこれらは逆説的に素晴らしい”発見”であり学びをもたらしてくれていると率直に思う。ひとつの目的に対してどこからアプローチするか、の違いなんじゃないのかなあ。

そんなこんなで、ブランディングを切り口にマーケティング戦略を再編成しようとしながら、どんどん目的地が遠ざかってるような気が…。

…と、何となくザラザラした読感で、「本著におけるブランド論って?」てな考察をすっ飛ばしてしまった気がする。この本はそっと、寝かせよう。


課題図書3冊目。

ああ、何から何まですっきりする! 

ブランドとは何か?

・ブランドとはある商品を他の商品と識別するための「印」

■ブランディングの課題は何か?

・そもそもの課題は、ブランドの「特殊性」に起因している(無形性/間接性/多層性/関係性)
・形がなくイメージとして捉えられがちなため、具体的な活用や対策をどうしていいのかわからない
・よって、はっきりとさし示すことができる商品の価値に注意関心が向いてしまう

■ブランディングのために必要なものは何か?

・ブランドに関する知識や情報が、そのブランドがもつ文脈として蓄積されると商品価値を増減させる固有の価値=ブランディングをもつようになる
・つまり、ブランドには文脈=コンテクストが最も重要である

良いブランドとは、良いコンテクスト=連想を起こさせる

そして、本書ではコンテクストを切り口にして、ブランドの特殊性に対応するブランディングの方法論を「コンテクスト・ブランディング」として具体的に解き明かしている。その展開の何と鮮やかなこと!

■ブランドを構成するもの

・ブランド発信側である企業が描く理想のイメージ=「ブランド・アイデンティティ」
・受け手側である顧客が想像する現実のイメージ=「ブランド・イメージ」
・両者を結びつける方法=コンテクストによる「ブランド・コミュニケーション」
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コンテクスト・ブランディング

■コンテクスト・ブランディングのアプローチの特徴

1)コンテクストの可視化によるコミュニケーション・モデルのデザイン
2)メッセージとコンテクストを統合した戦略シナリオ作り
3)個別コミュニケーションの戦略的体系化によるブランディング

要は、連想されたキーワードをどんどん結びつけ意味解釈できるコンテクストにし、伝えたいメッセージ(MVVとして明示されていることが重要)を入れ込んでシナリオ化。そして、コンテクスト・ブランディングの3領域の構造の中心から外に向かってひとつずつ構成・設計していく、というもの。

抽象化に頭がぼんやりしてきたら、アセロラの例を読めば一目瞭然!アセロラドリンク飲みたくなっちゃうこと請け合い。

個人的には、ブランドの取り扱いを難しくしているブランドの特殊性に対応し実践しやすくするために、ブランド知識を可視化するその分解過程がひどくおもしろかった。人間の心を形式知にしやすい知識が蓄えられる表層部と、その奥底にあり、極めて私的・経験的な知識が暗黙知として蓄えられている深層部に分けて考える、というアプローチだ。そして、可視化するとそれらはあら不思議、パーソナリティ/ベネフィット/属性の3つにシンプルに揃えられた構造になるのだ。これによって、ようやく企業と顧客の両者が同じ世界で会話できる

異なるレイヤーのものをひとつの仕組みで捉え、コミュニケーションを促進し、さらには価値を生み出す作業はどんな場合もとても難しい。
本書で展開されるコンテクスト・ブランディングの構造モデルやフレームワークは、ブランディングならずともマーケティングや新規事業を考えるときに非常に役にたつ、心強い知識になった。

あ、またブランディングから離れた。ま、いいや。

全く個性の違う3冊を通して思うのは、そもそも「ブランド」の捉え方、違いすぎない?ということ。ブランドって在るんだっけ、つくられるんたっけ?と、振り出しに戻りそうになる。おっと危ない。

ま、いい知識を得てワクワクしたし楽しい読書でした。ということで今日のところはこれでおしまい!


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