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首長(クビチョウ)選挙

当選の発表は、大方の予想では投票が締め切られた直後の20時過ぎだろうと思われていました。今回は対立候補が共産党の一人だけ。選挙自体は混乱することもなく大差での現職市長が圧勝すると見られていただけに、会場でカメラを構え待っていたマスコミも待ちくたびれて疲れ顔になっていたほどでした。でも、候補者を応援してきた大臣が会場に到着すると空気は一変。会場はパッと華やかになりました。そして、選挙事務所に候補者本人が現れたのは22時30分。勝利の挨拶が始まったのは、投票箱が閉まってから実に2時間半が過ぎてからでした。


「4年前の壮絶な戦いをしたかつての敵が今回応援してくれた。やっと一つにまとまれた。コロナの喧騒を横須賀発展の力に変えて、景気を浮揚させる。ヨコスカ復活の第2ステージに挑む」

当選が確実となった市長は、2期目の意欲を力強く表現しながらも口調は淡々としていました。選挙戦は全てSNSを活用したオンラインに限定し、自身はコロナ対策に没頭すると公言していた通り、自身の選挙活動は県議会議員など周囲の応援で成り立っていたものでした。

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2017年、横須賀を二分する激戦の選挙

上地克明(かみじかつあき)横須賀市長が誕生したのは、4年前の2017年。

共産党候補も含め現職の市長に挑む全3人での戦いでした。実質的には「脱官僚主義」を掲げて2009年に初当選した2期8年の吉田(前)市長の実績と、横須賀市議会議員だった上地氏との戦い。この時、吉田氏が掲げていたのは「選ばれるまち、横須賀」。対する上地氏は「ヨコスカ復活」。「横須賀を国や県と連携させ人口流出を食い止める」と訴えました。結果は、上地氏81004票、吉田氏69035票、共産党候補6640票。首長選挙で新人が現職を破るという異例中の異例の選挙結果となりました。当時の上地克明選挙事務所の大興奮を思い出すと、今回の静かな雰囲気は、コロナ禍での選挙という特異性を割り引いたとしても、勝利が明らかだったことが見て取れました。
今回の選挙が、勝つべくして勝ったのには理由があります。2017年の選挙では、得票差が1万2千票近くあったにせよ、大変苦しい選挙でした。市民も組織も、現市長につくのか新市長を選ぶのかを迫られる、まさに横須賀を二分する大激戦となりました。結果は、新人候補の勝利。勝利が決まったときの興奮は今思い出しても頬が高揚するほど感動したものでした。でも、大変なのは、この後でした。新市長が誕生したと同時に生まれた、旧市長派など真っ二つに割れた横須賀市をどう運営するのかという難題も誕生していたのです。新市長は嵐からの船出でした。今回の選挙は、この時からの4年間の手腕と成果を問われていました。しかしこれは、選挙事務所の壁いっぱいに貼られた「為書き(ためがき)」を見たら直ぐにわかりました。

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為書き(ためがき)


為書きというのは、選挙の際に「私はあなたを応援しています」と表明して候補者に贈るポスターのことです。候補者の名前を右肩に「○○さんへ」と書き、真ん中に「必勝」と大きく書かれています。多少のデザインの差こそあれ、たいていの場合、この為書きが選挙事務所の壁に貼り付けられています。

今回の市長選挙では、前回相手候補についた組織・団体の「為書き」が、今回はかつての宿敵であるこの事務所の壁に沢山貼られていたのです。私はこの風景を見て、少し感動しました。相手がこの為書きを贈ったのはなにも美談になりそうな理由だけではないでしょう。市政における立場や業界の力関係など、デリケートな問題も積み残したままなのだろうとも思います。でも、送らなくても仕方がないと理解される為書きが、こんなに貼り付けられていることに、新市長が4年間してきた人と人をつなぐ仕事を見た思いがしました。当選挨拶の「4年前の壮絶な戦いをしたかつての敵が今回応援してくれた。やっと一つにまとまれた」という言葉に胸が熱くなったのはこんな理由があったからでした。

首長(くびちょう)という仕事

県の長は「知事」といいます。市町村は、市長、町長、村長です。これら自治体の長を総称して「首長(くびちょう)」と呼ばれるのが通称です。この首長選挙では、そこに住む有権者が直接「長」を選ぶことができます。「直接選挙」と言われるものですね。これとは反対に、国政では国家の長を有権者が選ぶことができません。有権者は、その地域から立候補している候補者を選び、その選ばれた人が国家の長である総理大臣を選びます。これが「間接選挙」。日本はこの両方を政治に取り入れることによってバランスを取ろうとしているのです。

最近は、日本もアメリカのように国のトップを国民が直接選挙で選ぶべきだという声もでてきています。アメリカ大統領選挙のように、長い時間と膨大な費用をかけて選ぶことが良いかどうか議論は様々ですが、少なくとも今回のコロナ対策やオリンピック対応など、国民の命に直結する事態が起きている時に国政に直接文句が言えないことがもどかしく感じられるのは、私だけではないかもしれません。

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2021年の全国の選挙

6月は57件の選挙がありました。毎月の選挙数を数えるとこんなにあるのかと驚きますが、日本には47の都道府県があり、その中の市町村は全部で1,724。「選挙」というと話題になるのは国会議員の選挙ですが、県議会議員や市町村議員の選挙のほかに、それぞれの地域の長を決める首長選挙もあります。よって、2021年は、任期満了となりそうな衆議院議員選挙もいれると全部で934件もあるのです。平均すると一ヶ月に78件という計算になりますが、今年は4月が247件と2021年で最大の月です。

首長の仕事と議会に所属する議員とは、同じ選挙によって選ばれるとしても、その立場、役割が異なります。後者は自身が所属する政党の政策を実現するための一方通行で足りますが、首長は、議員や政党と対立すればよいのではなく、好きも嫌いも全て包摂して、より高い目線に立ち地域のために政を行う懐の深さが求められます。

横須賀市長選挙後の小泉環境大臣の挨拶の中に「水と油の存在でも混ぜあわせれば美味しいドレッシングになる」という言葉がありました。確かに、前回の選挙は「水と油」でした。でも今回の選挙でそれが「ドレッシング」となっていたのであれば、それは横須賀市民にとってより住みやすい街をつくられていく指標となっていると言えるのではないでしょうか。

首長にはその地域の人の命を守る直接の責任があります。その意味で、一議員とは違う重さを持つ立場なのです。まさに、首長には、敵味方ではなく、両者をうまく取り込んで美しいマーブル模様を作る能力が求められている。4年ぶりの首長選挙を見て、こんなことをしみじみ感じていました。



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