見出し画像

衆議院解散の現場で


衆議院議長が、紫のふくさに包まれた「詔書(しょうしょ)」を衆議院事務総長から受け取り、ふくさを開き、読み上げました。こう読み上げました。


「日本国憲法第7条により、衆議院を解散する」

画像1

どっしりとした重厚な議長の声が議場に響き渡りました。今期限りで引退する大島理森衆院議長です。

私は、この「解散」の手続きが行われている本会議場と廊下を挟んで真向かいにある議員食堂で、縁起を担いだ「勝つカレー」を食べながらテレビでこの様子を見ていました。

政治家は縁起を担ぎます。秘書時代から染み付いたこの癖にも、今回の解散劇には少し違和感を感じていました。

画像2

七条解散

衆議院の解散には手続きがあります。解散は内閣総理大臣が決定することですが、この手続きがひとつひとつ進むたびに緊張がずしりと押し寄せてきます。

先ず、「解散」の閣議決定があります。そしてこれが解散詔書の形式となり、皇居に運ばれます。

詔書に「御名御璽(ぎょめいぎょじ)」、つまり天皇の名前と印章が記され、これにもう一度首相が署名します。これで手続きは完了し、解散の形式が完成します。

憲法第7条で「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ」とされています。そしてその下に列記された3つ目に「衆議院を解散すること」と書かれています。衆議院の解散が「7条解散」といわれるのはこのためです。

議長が「解散する」と読み上げると、衆議院は解散となり、その瞬間、衆議院議員は全員失職することになります。ここで「バンザーイ」と声がかかり、ほとんどの議員が議場内で万歳を言いながら両手をあげます。
衆議院議員が全員同時にリストラされたのに、なぜ「万歳」と喜びを表すのか、この理由は定かではありません。その根拠が不明なことに同調することを由としない議員もいます。小泉進次郎議員は、今回も万歳をせず拍手をするにとどめていました。私は「万歳」自体に戦争の悲しさを見る気がして、この解散の万歳も、どこか破れかぶれな気持ちの表現なのかと思っています。

画像3

万歳三唱が終わると、議員は、いえ、その場にいた政治家はそれぞれ、グータッチをしたり、感慨深げに議場を眺めたり、親しい議員と写真を撮ったりしていました。そうです。もうこの瞬間に議員ではなくなっているのです。でも感慨にふけっている場合ではありません。この選挙は、史上最短の仏滅選挙。選挙区に入って、この場に戻って来るべく「民主的な殺し合い」に勝ってこなければならないのです。

現行憲法下では初めて任期満了後の投開票

前回の選挙から、この解散までの期間は、これまでで最長の1454日。これまで、解散までの最長期間は、2005年に小泉純一郎首相がしかけた「郵政選挙」から、2009年麻生太郎首相の「政権選択解散」までの1410日でした。今回はこの日数を史上最長へと更新しました。麻生首相の「追い込まれ解散」は、民主党政権を生むきっかけとなりましたね。

そして、約8年の長きにわたった安倍晋三政権は、2014年の「アベノミクス解散」、2017年「国難突破解散」として安定的な当選数を誇ってきました。しかし、菅義偉政権になって1年は、国政選挙の審判に晒されることはありませんでした。菅政権が1年と短命政権となったのは、国政選挙を経た国民からの信任を得ていなかったからではないかと思います。つまり菅政権に選挙を通じて国民がOKを出したという実績を得ることができなかったのが、国民との乖離を生み、短命内閣とならざるを得なかった一因だったのではないでしょうか。

更に、今回の解散総選挙。実に4年ぶりの衆議院選挙です。解散の日、私は議員会館のたくさんの議員事務室にあいさつ回りをしていました。どの秘書さんも忙しそうで立ち話がせいぜいでしたが、その中でベテラン秘書が珍しく愚痴をこぼすように「選挙までの時間が足りなくて」と嘆いていました。「え?だって任期満了だっとしても、そんなに日数は変わらないでしょう?」と私が言うと、その秘書さんはこう言いました。

「まさか、10月中に投開票まで来るなんて、誰も予想していなかったから」

そうなんです。
岸田首相は、総裁選直後、つまりまだ総理に指名される前に選挙について聞かれ「与党で過半数」と答えていました。随分安全な数字をいうものだと思っていましたが、今思えば、もうこの時には準備不足のまま選挙に突入することを決めていたのではないかと思います。

史上初の「仏滅×仏滅選挙」

今回は史上初だらけです。

任期満了後に投開票日がずれ込んだのは戦後初
内閣発足から解散まで10日は史上最短
解散から投開票まで17日も史上最短 

戦後最短、戦後初がずらりと並びます。
そして、公示日と投開票日が共に「仏滅」というのも初めてのこと。

画像4

政治家は縁起を担ぐことは、小泉純一郎氏の懐刀といわれた飯島秘書官の著書にも記されています。選挙の日程を読むにはカレンダーの六曜を見ろ、と。私も秘書時代は常に六曜を見て日程を考えていました。国会内がざわついてきたら、日曜日が大安か友引の日を探します。そこから衆議院選挙の公的期間の12日間を遡って公示日を探し、そこが大安か友引等だったら「ここにくるな」と予想していました。これは私だけでなく、永田町関係者はみなそうしています。ですから、今回の仏滅選挙は誰も予想だにしていなかったのです。「マイナス×マイナス=プラス」ということ?かと、深読みしたくなりました。

さて、これが岸田新首相の練りに練った戦略だったとしたら、なかなかの策士です。ここからの選挙戦術も何が飛び出してくるのでしょうか。しっかり見て、またここでお伝えしていこうと思います。

今日も読んでくださってありがとうございました!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?