見出し画像

【お悩み相談】都合良く利用される自分

「自分はどうしてこんな扱い受けなきゃならないのか。訴える準備をしようとも思ってます!」

電話の向こう、4年ぶりのダンディな声は少し上ずっているように聞こえました。ちょっと相談に乗って欲しいと、メールで連絡が来たのは1ヶ月ほど前でした。「仕事の合間になるけど、タイミング良い時にいつでもどうぞ」と返信してから、私の予定となかなかマッチせず時間が経っていました。何かトラブルがあって相談に乗って欲しいという場合は、このくらいの時間が経っているだけで荒々しい感情の嵐は少し治まっているはず。約束の電話に出た時、まさか冒頭の言葉が飛び出してくるとは思っていませんでした。事態はかなり深刻なのだと思いました。

彼は私の古い友人で、地方都市の中小企業の取締役を務めています。小さな会社ですが地方独特の派手さもあり、自称「グルメ」を理由に上京しては友人を集めて有名店で大盤振る舞いをします。私もたまにその恩恵にあずかっていましたが、おおらかな良い人だと思っていました。

――相談ってなに?珍しいじゃないの
「いやー、俺もさ、自分でも戸惑ってさ」

――政治家に頼んだりしたいってこと?
「いやいや、そういうのじゃないんだ」

ぽつぽつと話し始めたことはこういうことでした。

相手は5年前に東京の企業勉強会で知り合ったAさんという人で、同郷と言うことで話が盛り上がった。勉強会が終わって懇親会で飲んでいると、帰ったら地元で食事でもと誘われたので、自分が地元での食事会をセットした。Aさんは喜んで来てくれた。お互いに忙しい中、時間を調整し、自分が紹介した気楽な居酒屋で飲んで良くしゃべった。親しくなったのはこの辺りから。紹介したい店があるからと次はAさんが食事会をセットして、その会も商工会のことや行政の話題など、仕事柄もあり話は尽きず楽しく過ごした。

ある時、突然Aさんから来た電話はいつもと違う内容だった。予約が取れないミシュラン星付きの店でその日の夜に1席空いているので来ないか、という誘い。自分は仕事があったが調整して駆けつけることにしたのだが、その店が行ってみたい店だったと紹介された人の中に仕事に繋がるかと思える人もいて、それも嬉しかった。しかし、その後も同様の電話がしょっちゅう掛ってくるようになった。ミシュラン店も一度行けばもう興味はわかなかったが、席が空いて困っているんだろうと思い、忙しくても何とか都合をつけて駆けつけていた。同席の人は半分は毎回新しいメンバーだったそう。

そんなことが続いたある日、テレビにもよく出演している著名な経済学者のセミナーが東京であるから来ないかと誘われた。なんでも、自分の会社で買った有料チケットがあるとのこと。たぶんそのチケットを捌けなかったのだろうと思う。実は、自分は何度も行ったことがある勉強会だったので、やんわりと断った。すると今回は内容が違うから来るべきだとか、東京で紹介したい人がいるとか、いろいろ言ってくる。そのチケットは宿泊もセットになっているものだったが、費用はAさんの会社で持つという。それでもいいから来てくれ、と。それはおかしいので費用は払うと言ってたのだけれど聞き入れられない。何かで別に支払えばよいと思い、予定を調整して参加することにした。

その勉強会当日、永田町に近いホテルの会議室に行くとAさんがおり、案内された席には彼の会社の名前が書かれた紙が置かれている。会議室には20人くらいの参加者が居たと思う。自分の隣に座った人とセミナーまでのあいだ雑談をしていると突然「あ、あなたがAさんですか」という。「今日の主催者さんから名前をよく聞いている。呼べばいつでも来てくれる人だ」と。自分は違和感があったが、気にしないようにした。セミナー後、その他の人とも名刺交換をした。すると他の人も「ミシュラン店に必ず参加するAさんですね!」と。どうも自分は「呼べば必ず来る人」「チケットさばきで困ったら買ってくれる人」と紹介されているらしい。

その場にAさんも居合わせたが、ただ笑っているだけで、否定もしないしバツが悪そうでもない。自分はショックを受けた。暇なわけではなく、彼のために都合をつけただけなのに、酷い評価だ。周囲の人が話していた言葉を思い出すだけで、腹が立つやら悔しいやら。自分はその程度の扱いを受ける存在ではない。名誉棄損で訴えてやりたい。でも、喧嘩を売るのは簡単だけど、同郷で商工会の関係もある。なんとか上手くやってもいこうとも思ったりする。さて、どうしたものだろう。

画像1

――はぁ・・・。

私は心の中で「そんなん、付き合わなきゃいいじゃん!」と叫んでいました。

――嫌いな人と付き合っている時間がもったいない。いくらビジネス上の付き合いもあるとはいえ、人の善意を利用して度々チケット売りさばくような人はそもそも信用ならないじゃないですか。

「いや、でもあのミシュラン店は電話予約も6カ月前の1日だけで、それも午前中に半年分売り切れてしまうんだ。プラチナチケットなんだよ」と。

そうです。相談者の彼は相手を嫌いだと認識していながら、自分にメリットがあることを表面意識のひとつ下のあたりで意識していました。それで「ちょっと調整したら行けるから」と相手に恩を着せたつもりで引き受けていたのです。でも、相手にしてみたら「あの人は呼べば来る人」でしかありません。なにせ一度も断ったことが無いのですから。

「誘いを断ったことがない」もうこのあたりで異常です。ここで完全に関係性に上下関係ができていて、彼はそれにうすうす気が付いていながらも、表面意識で自覚しないようにしていました。だって、それに気が付いてしまったら、”グルメな自分でもなかなか行けないミシュラン星付きレストランにも行くチャンスがなくなる”からです。だから、たとえ同じ店に何度も呼ばれても、行ったことのある高額セミナーに誘われても、それを断ることができなかった、いえ、断らなかったのです。

画像2

でも、ここまで気が付いたら、話は早く進みました。

――あなたは「良い人」だと思う。でもそれって、その相手にとっては「都合の良い人なんじゃない?」

「うすうす気がついてはいた。俺も、悔しい」「でも、俺にも社会的な立場ってものがあるんだよ。だから名誉棄損とかさ」
――でも、あなたがこんな思いをするのは、この人とだけではないんじゃない?一事が万事。もしかしたら、他の人間関係でも同じようなこと、あるんじゃない?

「・・・。」
――もし、そうだとしたら、これは彼が教えてくれたあなたの弱点なんじゃない?

つまり彼は、自分が手に入らないプラチナチケットを手に入れる手段として、Aさんと付き合っている。その意識をしっかり認識していないから、変な紹介をされていたと知ったことで傷つくし、その後の付き合いもどうしようか考えてしまうのだと思う。そもそも、交換条件ありきの付き合いだと、表面意識で認識していたなら、傷ついたりしないはずです。つまり、彼は自分がどうしてその人の要求をのみ続けるのかという事実をごまかしているので、「交換条件になっている」ことに自覚が持てていないのです。

ものすごーくつまらないことなんですけど、自分に嘘をつくとこのようなことが起きるのです。これが50過ぎの大人が抱える悩みかと思うと膝カックンされた気分ですが、人のフリ見て我フリ直せ!自分に嘘をついていると、ちょっとしたトラブルで目の前が真っ暗になりがちです。だって、自分に嘘をつくということは、自分に目隠ししているのと同じことですからね。さて、私も人のフリ見て我フリ直しておこうと思った、今日はそんなご相談事でした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?