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黒いトゥシューズ

【 お悩み相談 】

三歳の私が憧れた人は、黒豹のような眼をして、真っ黒な髪をキュッと束ねた美しい女性でした。バレエ教室の玄関に脱いだ靴を並べて教室の扉を開けると、それまで遠くに聞こえていたピアノの音が、レッスンをつけている先生の声と共に私の耳に飛び込んできます。そして私は稽古場の中の「クロヒョウのお姉さん」を探し、見つけるとそのお姉さんだけを見てしまいます。稽古が終わると、お姉さん方は急にお喋りになるのです。私の脚を持ちあげ、“若いからこんなに広がる”とか”トゥシューズを履いていないから爪が綺麗”だとか、私は稽古前にお姉さんたちと過ごす時間が好きでした。

発表会の日程が決まった日、配役の発表があることになっていました。どちらにしろ、私は小鳥か何かの役でピヨピヨやるだけなので緊張もないのですが、他のお姉さん方は、ソロや男性と二人で踊るパドドゥの役付けがどうなるのかなど、噂話で盛り上がります。でも、こんな場面でも、クロヒョウのお姉さんは誰とも喋らず、稽古場の隅でひとり稽古をしています。私は、この黙々と練習するお姉さんをカッコイイと思い、ずっと目で追ってしまうのです。

暫くして、クロヒョウのお姉さんは黒いトゥシューズを履いて稽古するようになります。先生と言葉少なに話しながらトゥシューズを曲げたり紐を調整したり。そしていよいよ発表会の日、そのお姉さんは、真っ黒のチュチュがついた黒鳥役でソリストとして舞台に立っていました。私は舞台にいるお姉さんを見て息をのんだ事を今でも覚えています。たったひとりで大きな舞台の中央でスッと立っている姿が、凛として美しかった。この「クロヒョウのお姉さん」が私の人生初メンターとの出会いです。

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トゥシューズは、ある程度練習を積み、先生から許可をもらって履けるようになります。私がトゥシューズの許可を頂いたとき、クロヒョウのお姉さんはいつの間にか同じ稽古場にはいなくなっていました。

当時、トゥシューズは靴屋さんで足を測って作るオーダーメイド。靴屋さんで採寸を終え、色はどうしますか?と聞かれたときのことです。私は迷わず「黒」と答えました。それに驚いたのは周囲の大人たち。

「え?黒?」。理由を聞かれましたがうまく答えられません。ピンクを勧められましたが、私はクロヒョウのお姉さんと同じ黒のトゥシューズにしたかったのです。何度確認されても「黒」とだけ答え、私はついに憧れの「黒いトゥシューズ」を手に入れたのでした。

私の人生初メンター、クロヒョウのお姉さんとは一言も話したことがありません。でも、これが私のコンサルティングスタイルの一部を作っていることに気が付いたのは、こんなご相談を受けた時でした。

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その女性は、テレビに出演している私を見て心が動かされたと弊社にコンサルティングを申し込んでいらした方。初めてお会いした時、部屋のテーブルの前に直立して待っていらっしゃったので、私は恐縮しながら椅子をお勧めし、話を始めました。

ご相談事は「週に一度のコンサルティングで1年契約をお願いしたい」というもの。政治家の選挙コンサルティングでしたらよくあることなのですが、個人の方となるとこれはまた別です。そして金額も安いものでもありません。私は少しお話を伺うことにしました。

その方は、国立大学を卒業された後、国家公務員としてキャリアを積み、寿退社をして今は大学生のお子さんのいる絵にかいたような幸せを手に入れている人です。子どもはもう手が離れ、少し寂しさを感じてはいるものの、お連れ合いの方とも関係は悪くなさそう。仕事は満足して退職したので、未練もない様子。

私はコンサルティングをするポイントを探していましたが、うまく見つけられません。

欲しくて手に入れられないものはありますか?

そう言って彼女を見ると、思いがけず目に涙がいっぱいになっていました。私はなにか不用意なことを言ったかと思いましたがどうもそうではなさそうです。

「私は自分がしていることが間違っているのではないか、いつも不安です。夫に話しても、暇だからそんな風に考えるのだと笑って言われるだけで」

――不安になるのは、どんな時ですか?

息子は大学2年生で、もう手も離れた。サークルとかゼミとかで家にはほぼいない。彼女もできたようだ。でも詳しくは話してくれない。それで、息子がいないときに部屋に入って机の中や鞄を探ってしまう。見なくてもいいものを見てしまってショックを受けたこともある。ダメだと思っても、それをしてしまう。止められない。そこで、テレビでバリバリ話をする鈴鹿さんにコンサルティングをお願いしたら、そんな自分の根本を直してもらえるのではないかと思った。

――これまでに、どなたかにコンサルティングを依頼したことはありますか?

すると彼女は、これまで受けたコンサルティングやセミナーなどについて一気に話だしました。

息子が中学生になった頃から、セミナー、講演会、高名な方のコンサルティングを受け続けてきた。その時々で、解決したい悩みや問題点は違っていた。でも、自分で考えても答えはでてこない。だから考える手段を導いてくれる存在が必要なのだ、と。

心の嵐を鎮める (12)

彼女が探し続けていたのは「正解」ではなく「メンター」

メンターは、「助言者」などと訳されますが、悩みがあるときに答えに導いてくれる信頼できる人のことです。メンターは現在生きている人である必要はありません。過去の偉人だったり、憧れの俳優だったり、その人を見るだけで気合が入って襟を正す気になる。そういう人も自分のメンターです。

彼女は無意識のうちにメンターを求めていたのです。セミナーやコンサルティングを受け続けていたのはそのメンターを探していたからなんですね。

そしてその方は、特に察する力が優れていました。私と話している間も、私のちょっとした動きに次々に反応します。私が左腕をテーブルに上げ、シャツの袖口から腕時計が見えた瞬間「お時間大丈夫ですか?」。話している時に私が少し咳をしただけで「エアコン、私は大丈夫なので、温度上げて頂いても」と、こんな調子で次々です。

今で言うと「繊細さん」です。アンテナが沢山立っていて、いろんな情報をたくさん拾い続けているので、常に選択肢が沢山出てきます。そしてその選択肢も、常に一般の人より多くあるので、選ぶことが大変なのです。

彼女は、常に相手の動向で自分の動きを決めていたのでした。だから息子さんが大学生になり精神的に自立した時も、自分の目の届かないところでの行動が気になり、その行動の端緒を部屋を探ることで見つけようとしていたのです。息子さんをコントロールするために何をしているのか探っているのではありませんでした。

息子さんの行動が気になることと、セミナーを受け続け正解の指針を与えてくれる人を探していることとは、別の理由だったのです。

心の嵐を鎮める (13)

私がクロヒョウのお姉さんを見て黒のトゥシューズが欲しいと思ったのは、独りで不安と向き合っていた姿を見ていたから。不安だから誰かのアドバイスを受けるというのではなく、不安がある自分と向き合って、足りないところを埋めるための稽古をする。不安を根本的に解消したいならそれを胡麻化しても何も解決しないことを、お姉さんは教えてくれていました。それは言葉ではなく、ひとりで稽古をする姿で。

黒いトゥシューズは、ひとり黙々と稽古をするお姉さんの姿そのものでした。不安を解消するには今の自分の実力と向き合うしかありません。

私はその方の申し出を丁寧にお断りして、こう言いました。

何かを覚えたテストならはっきりとした「正解」はあります。でも、人生の選択に「正解」を持っている人は誰もいないと思うのです。あなたが向き合わなければならないのは不安との付き合い方ではないでしょうか。「たら」「れば」で悔やんだり妬んだりしてみたところで、何も変わりません。
だったら、自分で選んだことを自分で受け入れることです。ご自身の人生も折り返し点を過ぎているのだし、そろそろ多少の失敗はおおらかに笑って迎えてあげられるのではないでしょうか。
私のコンサルティングも有効かもしれませんが、自分で選んだ人生の経験値を増やしていくことの方が力になってゆくはずです。

そして私は黒いトゥシューズの話をしました。一度も話をしたことのないクロヒョウのお姉さんに、人生の中でどれだけ励まされてきたかということを。彼女は聞きながら「そうですね」「そうですね」と何度も頷いていました。

ーーしばらくたったらまた話にきてください。意外と面白い展開になっているかもしれませんよ。

私がこう言うと、「本当にどんな風になっているのか想像つきませんけど、少し楽しくなってきました」そう言って、もう一度、少し涙をぬぐいました。

自分を励ましててくれるのは、今目の前にきて何かを言ってくれる存在ではないかもしれません。思い出や、黙々と頑張っている誰かの後ろ姿が、応援してくれることがあります。そして、もがきながら頑張っているあなたの後ろ姿をみて、励まされている人もどこかにいるはずです。


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