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クロックとムッシュ


ぼくは時計。

小さな街の小さなレストランの壁に掛けられてる。

ぼくのご主人様は、ムッシュって呼ばれてる、コックさんだ。

ムッシュはいつもぼくを睨みつける。

『今何時?もうこんな時間!』

『次の予約まで、あと5分じゃないか!』

こんな感じで、いつもぼくと・・・つまり時間と戦っているわけだ。


あーぁ。あんなに怖い顔しちゃって。
ぼくはいつも規則正しく、毎日同じリズムでムッシュを励ましているつもりなのに。ムッシュにはそう感じてもらえないらしい。

1日が1分に感じるって、いつか誰かに話してた。

ぼくだって悲しくなったり、さみしい時だってあるんだぞ。

あ、やばい。
怒ると時計が遅れちゃう。
ねじを巻いてもらわなければ・・・

忙しいムッシュが、めんどくさそうにねじを巻きに来る。


ギリリ・・・ギリリ・・・


すみません、ムッシュ。
そんな顔しないで・・・
う〜ん!元気がわいてきたぞ!
またこれでしばらくがんばります!


あれ、お店の中が、今日はなんだかキラキラしているぞ?

窓や木に、綺麗な飾り付けをして、木の下にはリボンがついた箱が沢山。

あ!思い出した!
今日はクリスマスだ。
綺麗だな〜。なんだかワクワクしてきたぞ。

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チリリーン


あ、誰か入ってきた。
今日はムッシュの家族の貸し切りパーティーか。

みんな笑ってる。楽しそうだなぁ。
ぼくも楽しくて踊りたくなる!
おっとっと。いけないいけない。
思わず針をぐるんぐるん回しそうになっちゃった。

・・・あれ?
ムッシュ楽しくないんですか?

わかった。ムッシュは今、ケーキの焼き上がり時間を気にしてる。

いつも何かのための時間を気にして、ぼくをにらむんだ。

緊張するな〜・・・チク・タク・チク・タク・・・


・・・あ、あれ?なんだかさわがしい。

みんなが床にひざついて、何か言ってるみたいだ。

「お父さん!」
「おじいちゃん、だいじょうぶ?」


ム、ムッシュ!ムッシュが倒れてる‼︎‼︎

どうしたの?ムッシュ、目を開けて!
大丈夫ですか?ムッシュ起きてください!
ケーキが焼き上がりますよ・・・

救急車が来て、ムッシュを連れて行ってしまった。

お店の中にはぼくだけ。
誰もいなくなってしまった。
ムッシュはいつ帰ってくるんだろう。

ムッシュがこの店をはじめてから、ずっとぼくはこの場所でムッシュを見てきた。

いつもいつも忙しかったもの。
ムッシュが休んでいるのを見たことがないくらい。だから、ぼくもやすまなかった。

いつも一緒だったのに、こんな1人ぼっちははじめてだ。

静かで、そしてさみしい。

でも、ムッシュが帰ってくるまでは、がんばって正しい時間を刻まなければ。いつでも仕事を始められるように・・・。


もう何回、明るくなったり暗くなったりしたんだろう。思い出せない。

そろそろぼくも力尽きそうだ・・・。
チック・・チッ…ク

ガチャッ

あ・・・ムッシュ!帰っ..てこられ.たんで..すね。

体はもう…良いので.す.か?

すみません・・ムッシュが帰って.くるま.では…ひとりでが.んば.るつもりが...も.う.動け.そうにあ.りません・・・

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ギリリ・・・

あ、ムッシュ、気がついてくれましたか。ムッシュは、いつもこわい顔しながらも、ぼくを気にかけてくれる、やさしいお方です。

ギリリ・・・ギリリ・・・

ムッシュ、少しやせましたね。
あ、時間まで合わせてくれて、ありがとうございます。

嬉しくって、元気になってきたー!

お仕事始めますか?
ぼくもまた今日からがんばりますよ!…って、あら?

イスに腰掛けちゃった。
そしてぼくを見てる。
ムッシュが、ぼくをにらんでない。


『なぁ、わしはこの店をはじめてから
 ずっとお前と一緒にやってきたな。
 毎日けんかでもしているようじゃった。
 病気になってから思ったんじゃ
 もっとお前と仲良くやっていく方法が
 あるかもしれないって。』


ムッシュ。そんな顔はじめて見ました。

目を閉じてぼくのリズムを感じたり、ぼんやり外を眺めたり。

時間を楽しんでいるように見えます。

こんな風に、ムッシュのためだけに時を刻むのは、初めてです。

幸せだなぁ〜。


ムッシュがゆっくりと伸びをしながら、開店の準備を始める。

これからきっと、ぼくはゆっくりとした時間を、ムッシュにプレゼントし続けることができるんだ。

ぼくは、世界一幸せな

どこにでもある、みんなと同じ時を刻む、

そんな時計です。


おわり。




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