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We Have Ostriches...

2002年11月15日の日記。
米国ヴァージニア州の片隅にある日系企業の現地法人で、日本人駐在員である「ぼす」の元、秘書兼通訳兼「やっかいごと よろず引き受け業」的な何でも屋さんとしてお仕事をしていた頃に、更にさかのぼること9年の1993年の出来事について書いたもの。
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今日は、人生の Turning Point(転機)となったイベント、と言っても過言ではない「クミはじめて海外に行く」の巻。改めてびっくりしたのが、当時小学生だったステイ先の子ども達がすでに大学生という事実。まったくもって月日の経つのは早いこと早いこと。置いてきぼりにされないように、気をつけねば...。

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1993年。同級生達は大学受験に向けて最後の追い込みをしている高3の冬休み。どういう巡り合わせだったのか、運良くクリスマスホームステイに参加できることになった。
もちろん初めての海外、である。

何もかもが初めて尽くしの中、初めて取ったパスポートの顔写真は実の母親に「あら、あんた中国人ぽいわねぇ」と言わしめた代物で、姉には「入国審査のときに日本人だと信じてもらえなかったらどうすんの?」とゲラゲラ笑われ本気で不安になったのを覚えている。

余談だが、実際ワタシはよく中国人に間違えられる。米国在住の台湾人や中国系アメリカ人ですら間違えたりする。「大陸系ですか?台湾系ですか?」と訊ねられたりすることも、しばしば。

話が、逸れてしまった。
ほとんど欠員補助的な意味で(つまり「たなぼた」式に)突然転がり込んできたおいしい話。趣旨は「ジョージアの片田舎でアメリカ人家族と過ごすクリスマス」。ワタシがお世話になるコトになったのは Underdahl (アンダーダァル) 一家。長女の Kelly (ケリィ) は夫妻が沖縄の米軍基地にいた時に生まれたそうだ。Kelly の下には男の子が2人。全部で5人家族。それからビーグル犬が2匹。

事前に受け取っていた手紙から、そういったコトが判明した。でも、ひとつだけどうしてもわからない。「???」だったのがお父さんの職業だ。

お母さんは看護師の資格を持っていて、今でも年に何度かあちこちの基地に召喚される「予備兵」。でも、普段は専業主婦をやってるのは、わかった。もちろん辞書を引き引き、だったけれど。

ちなみに、この「予備兵」を英語では「reserve」という。レストランを予約する「リザーブ」と同じ。そんな名前のウィスキーが実家にあったような、なかったような。

一方、お父さんの方は、軍隊は退役してる。そして手紙には「We have ostriches」と書かれている。

「おーすとりっち」って何だろ?聞いたことのない単語である。辞書を引くワタシ。するとそこには「駝鳥」と書いてあるじゃないか。

だ、ダチョウ???

ぇ?...ぇ?...えぇぇぇえっ??

今でも貧困だけれど今以上に貧困だった当時のワタシのボキャブラリィには、ないコトバ。「おーすとりっち」とは何ぞや???。首をひねるワタシ。引いてみた辞書の「駝鳥」の文字にますます混乱し更に頭を抱える。

...動物園じゃぁあるまいし。

常識的に考えて普通の一般家庭にダチョウがいるかよ。これは辞書の方が間違ってるに違いない、と決め付けるワタシ。ガチョウならともかくダチョウは飼わんだろう、うん。

ワタシの英会話の先生で、このホームステイをアレンジしてくれていたスーザン(日本人・♀)にも念のため家族紹介の手紙を見てもらうことにした。

彼女のコメントは「え...ostrich って確かダチョウだけど...でも、まさかねぇ」

いつも通りのとても美しい発音ではあったが、アメリカで大学と大学院を卒業したスーザンが首を傾げているのだ。ダチョウってことは、あるまい。これはやっぱり何かの間違いに違いない、そう信じるワタシ。

...しかし、しかしである。

英語には、とんと縁のない母の衝撃発言。

「あら、あんた知らないの?おーすとりっちってダチョウのコトよ。オーストリッチ革のハンドバッグとかお財布って高級品なんだから。ま、あたしゃそんないいもん持ってないけどねぇ」

静かに、しかし確信を持っている様子の母。とても冗談で言っているようには見えない。独身時代には街中で銀行勤めをしていた母は百貨店をウロウロするのが好きな人。目は、肥えている。たぶん。

...やっぱり、ダチョウなのか???

そしてついに出発の日。何だか釈然としないまま機上の人になった。アトランタ空港までは、スーザンの友人、パトリシアがミニバンで迎えに来てくれていて、そこから車で3時間ほど、ひたすら南下。道中のことはまったくと言っていいほど覚えていない。往復で6時間も運転してくれていたパトリシアには申し訳ないけれど、長旅の疲れやら時差ぼけやらでおそらく乗車3分後には爆睡していたのだと思う。

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そしてようやく目的地の小さな街、オールバニィに到着すると、1人1人順番にそれぞれのホームステイ先で降ろしてくれる。

ワタシの番は後の方だったので Underdahl家に到着した頃には既に真っ暗。確かに裏庭にはフェンスというか檻というか、あったような気もする。生き物の気配もしたような...。

でも、ホストファミリィとの御対面もあり。カタコトの英語で一生懸命会話をしてみたり。これからこの一家と過ごす2週間を考えたら、期待と不安で、もう「わくわく」「どきどき」でいっぱいな訳で。

確かに暖炉の上には何か花瓶に入った鳥の羽らしきものが飾られてたけど。徹夜明けの妙なテンションにも似た不思議な高揚感で舞い上がり「おーすとりっち」のコトなんてすっかり忘れていたワタシでありました。

こうして更けていった最初の夜。おーすとりっち達との御対面は翌朝に持ち越しである。

■ □ ■ □ ■ □

牧場の朝は、早い。

「牧場」と呼ぶのが正しいのかは不明...。手元の国語辞典によると「を放し飼いする所」と書いてあるし。

...そうです。そうだったんです。母は、正しかった。やっぱり Underdahl 家のお父さんは牧場経営者。

Ostrich Farm こと 駝鳥牧場の!

スクランブルド・エッグとカリカリに焼いたベーコン、それからトーストしたオニオンベーグルの朝食を頂いたあと「みんな backyard (バックヤード) にいるわよ」とお母さんが教えてくれたので着替えて外に出てみることに。

しかし、であります。何で12月も半ば過ぎってのに半袖Tシャツで平気なんだ!?本当に冬かよ?ってな感じのいい日和。びっくりしました。でも。おどろいたのはそんなことだけじゃなくて。

これを「バックヤード」と呼んでいいのか、ってサイズの「裏庭」。

裏庭だよ?

日本語に訳しては、だめだ。フットボール場がまるまる入ってしまうような土地をワタシは「裏庭」とは、呼べない。

スケールがとにかく違い過ぎる...
友達の家に遊びに行くためには車に乗って高速使って20分!ワタシの地元なんて、自転車で15分走って行けない友達の家なんてなかったぞ。20分も走ったら完全に隣町だ。

それにしても。話に聞いていたけれどアメリカってほんとに何でもデカイんだね。日本のマクドナルドでバイトをしていたコトのあるワタシだが、こっちでドリンクを頼んだらサイズの違いに驚愕。実際に目にしたときのインパクトときたら。

small (スモール) が日本のMサイズくらいだろうか。いちばん大きいのなんて頼んだ日にゃぁ高さ30センチくらいの、ものすごい奴が出てくるし。...これたぶん1リットルくらい平気で入るんじゃなかろうか。

話がまたまた少し、逸れました。...そうです。そのおっそろしぃ程にだだっ広い「裏庭」に、奴等はいました。えぇ、ostrich こと駝鳥クン達です。

...でかいです。

目玉なんてゆでたまごっくらいありそうだし。びっくりしました。まさか、本当にいるとは思っていなかったので。動物園でもなくサファリパークでもない場所でお目にかかれるだなんて。しかも、オーストラリア原産の「飛べない鳥」エミューまで。

脳内では富士サファリパークの「ほんとにほんとにほんとにほんとにライオンだ〜近すぎちゃってどうしよう〜」が自動再生されていて止まらない。...ライオンじゃないけど。ダチョウと、エミュー。

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何でも、おーすとりっちことダチョウは革が高級品だという以外にも「ヘルシーな赤身の肉」ということで今後人気が出そう、って話でした。駝鳥は唯一赤身の肉を持つ鳥類だそうです。

そのくせ脂肪分やコレステロール値は低く、「健康上の理由で赤身を食べるのは制限されてる。でも赤身のステーキは食べたい」っていう人には朗報だとか。商品開発中の「ダチョウソーセージ」を頂いたのだけど、これがなかなかおいしくて。

でも、楽しい時を過ごしながらも心に引っかかってたコト。それは。

...悔しいけれど母は正しかった。

英語なんて全く駄目な彼女さえ知っていた言葉「おーすとりっち」を知らなかったワタシ。知らないことが、多すぎる。知らない単語は話せないし聞き取れない。基本中の基本です。とにもかくにもこのときワタシは、貧困なボキャブラリィを何とかしなくては、と心に誓ったのでありました。

気付かせてくれてありがとう、おかぁさん。

...ホームステイ先でのワタシの大失態。「とほほ」なエピソードはまた今度。

追記: Wikipediaによると「駝鳥は1993年に南アフリカからの種卵・種鳥の輸出が解禁され、後発の家禽として世界中に飼育が広がった」とのこと。近年では免疫力の高さから研究対象として注目を浴びているが、ホストファミリィのお父さんが牧場を始めた頃はまさに新規ビジネスで、「うまい儲け話」として酒場で吹聴される詐欺まがいの投資話も結構あったらしい。Chicago Tribune の記事によると市場に出回り消費者に浸透するより前に北米の駝鳥ビジネスは衰退し、2000年には飼育数が半減。その後また注目されるようになり今後の盛り返しが期待されていると書かれたのが2006年。それから15年経ったけど、あんまり食肉としては需要がないままなのだろうか。...なんだかんだいって食に対して保守的なアメリカ人多いもんな。(ジャガイモとビーフ以外食べないアメリカ人スタッフが日本に1週間出張に行ってかなりツラい思いをしたエピソードを思い出すなど)
2016年9月25日Chicago Tribune
Decades after it crashed, ostrich industry poised to take off as demand grows - Chicago Tribune



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