部活(スポーツ)から学べること
お久しぶりです、kumiです。
久しぶりにnoteを開いて見ていたら「#部活の思い出」というお題がありました。
ちょうど私が中学・高校生で部活に明け暮れていたころ、母が大ファンでよく家に帰るとかかっていたB'zの曲を最近久しぶりに聞いて、青春時代を思い出していました。
タイムリーだなぁと思ったので今回はこのお題について書こうと思います。
現在4歳と6歳の子供を持つ母として、習い事としてスポーツをやらせたいなぁ、とちょうど悩んでいるのもありまして(いかんせんハワイはすべてが高いのでもちろん月謝も高い笑)、私が身をもって経験した中でスポーツ、部活をさせたいと思う理由もお話しします。
1、きっかけは適当だった
私が進んだ公立中学は、「生徒は何かしらの部活に入る」が暗黙のルールでした。強制されていたわけではないのですが、「入るのが当たり前」的な。
小学校で希望者のみが入れる特別吹奏楽部に入っていたので、そのまま吹奏楽部に入りたかったんですが、小学校は楽器貸出だったのに中学は自前=楽器を買わなきゃいけない。
別にそこまで極めるつもりもなかったので、購入するのはなぁ〜と思ってやめました。
母から「運動部に入りな」と言われたのもあって、数ある部活の中から「夏場に炎天下でやらなくていい」という理由だけで消去法で選んだのがバドミントン部でした(バスケやバレーはボールで突き指しやすいからいや、柔道や剣道は臭いから嫌)。笑
バドミントンなんて、公園でやるスポーツでしょ?簡単じゃん知ってる知ってる、と思っているあなた。笑
私も入部当初は同じ気持ちでしたが、スポーツとしてのバドミントンは違いました。まずそもそもシャトルが違います。ゴム製のではなく、水鳥の羽を使ったものはガチ早い。めちゃくちゃ飛ぶ。スピード感が違います。
ど素人ですのでラケット持って素振りからスタートでしたが、あれよあれよという間にハマってしまいました。笑
気づけば地区大会優勝常連になった自分。もちろん上の大会とかになると2回戦敗退くらいのレベルでしたが、それでも地区大会で優勝して毎回全校朝礼で表彰してもらえるのは快感だった。笑
2、高校選びの基準にした
当時は塾も通っていて学力的にそれなりに学年上位に入っていた私は、学区内進学校の公立高校への進学を考えていましたが、実はそこが家から徒歩圏内でして。(私は神奈川県出身で、当時は「学区」というものがありました。今は学区制度は廃止されていると聞いています。)
今考えたらそっちの方が断然楽だろうに、と思いますが、「高校生」は「大人」の一歩手前に見えていた当時の私は、どうしても電車通学がしたかった。笑
あと、高校でもバドミントンを続けたかったのでその学区内の進学校の高校見学でたまたま部活動も見せてもらった時、バドミントン部が自分の当時のレベルと同じというか、「すごい!」と思える部分があまりなく。ちょっと幻滅。
そんななか中学の部活にボランティアで来てくれていたコーチが、隣の学区の進学校のバドミントン部にはインターハイ優勝経験がある顧問がいて、関東大会常連校だと聞きました。
今も昔もそうですが、部活が強い高校って大抵私立なんですよね。公立学校で部活が強いってあんまりない。選択肢的に公立高校しかなかった私は一気にそっちに気持ちが移りました。
今はオリンピック競技にもなって夕方のニュース番組内で世界大会も取り上げてもらえるバドミントンですが、当時は超マイナースポーツで、世界大会があろうともニュースにも取り上げられず、唯一BSで見れるレベルでした。もちろん高校サッカーや甲子園のように強豪校がどこかわかる手段もない。インターネットがようやく普及したくらいの時期で、ケータイもimodeの時代でしたし。笑
なのでそのコーチの情報と、学区外のその進学校に行くには憧れの電車通学になることだけを理由にその高校に決め、当時は狭き門の学区外受験(住んでいる住所によって進学できる公立校が決まっていたので、その学区を超えて進学したい場合は限られた合格枠に入るしかなく激戦でした)を制して希望した高校に進学しました。きっとこの時が私の学力の最高潮だった。笑
3、当時の部活の思い出
「高校の部活動からしたら、中学の部活なんてお遊び。」
そう思えるほどきつい部活でした。
しかしその進学校はちょうど私が入るあたりからSSH(Super Science High School)という市?県?政府?主導のものに指定され、勉学により力を入れる高校に変わりました。
そのせいで、以前は夜8時過ぎまでやっていたらしい部活動も6時までに全員完全撤収、部活動は健康維持程度に、という風に校風も変わってしまい、かつ進学校なので例えバドミントン選手として将来有望でも学力がないと入れない、ということもあり、私が入学した時には関東大会常連からは落ちていました。バドミントン未経験者の入部も多かった。すぐに辞めた子も多かったなぁ。笑
なので私の代では「関東大会出場」を目指してたんですが、校内で「野球部の次にキツい部活」「筋トレ部」という異名を持つ部活でした。笑
来る日も来る日も部活に明け暮れ、試験前は一夜漬けをして定期テストをかわし、土日は練習と遠征に行く日々。
思い描いていたキャピキャピJK生活とはかけ離れたものでした。笑
私が通った公立進学校は、進学校なのにめちゃくちゃ自由な校風で、髪を金髪に染めようが化粧しようがピアスしようが何も言われない高校でした。笑
自分でちゃんと判断しろよっていう感じ。
今にして思えば顧問に直接何か言われたわけではなかったですが、そんな校風の中、パーマ禁止(なぜかストレートパーマはOK笑)、化粧禁止、ピアス禁止(これはスポーツの性質上ひっかかったりしたら危ないので)、指定の制服をちゃんと着用すること(でもルーズソックスはなぜかOK笑)、とルールも厳しい部活でした。
顧問の先生が体育科の先生ということもあり、唯一ゆるかったのは定期テストの成績に関しては何も規定がなかったこと。笑
他の部活では、定期テストで平均点以上を取らないと部活動参加禁止、とかありました。
今にして思えば学生への理解があるいい顧問の先生だった。。。
「部活と勉強でキツいのはわかってる。だからって授業中に突っ伏して寝るな。寝るなら申し訳なさそうに寝ろ」と名言?迷言?をおっしゃってました。いい先生だった。。。笑
アラフォーになった今思い返してみても、高校は部活の思い出しかないです。笑
いろんな高校が一堂に会する遠征先で、家庭科の課題のマフラー編みを寒い高校の体育館でみんなで試合の合間に必死にやったこと、夏休みの部活の休み時間に大量のセミの抜け殻を集めたこと笑、中庭の木によじ登って顧問がたまたま渡り廊下に現れてめっちゃ怒られたこと(何やってんだ笑)、同期の男子が水で「I love insect」とかっこいい筆記体で書いてて女子全員ドン引きしたこと笑、試験前にみんなで部活後に問題を出し合いながら最寄駅まで歩いたこと、「筋トレ後はタンパク質を取れ」と顧問に言われて女子は豆乳飲んでたけど男子は最寄駅のホームで納豆食ってたこと笑、まーいろんなアホな思い出があります。
そんなどうでもいいけど「アホやったなぁ」と笑える思い出は全部部活動の中でした。
4、かけがえのない友人達
結局私が高校3年生で引退の年、最終成績は県大会ベスト8で終わりました。
私は引退した翌週には開放感から学校の昼休みにピアスあけました笑。それまで指定の制服しか着てなかったのもあって、ここぞとばかりに反動で黄色のポロシャツ来て高校行きました。顧問の先生に「引退して派手になったなぁ」と言われたのもいい思い出。笑
部活動の成果として、目標だった関東大会には届きませんでしたが、今になって思うのは苦楽を共にした友人を得られたのはかけがえのない財産です。
私の学年は女子部員8人だけだったのですが、いまだに連絡を取り合っています。
結婚式には必ずみんな呼ぶのが慣例になってますし(なんなら去年は部活仲間の結婚式に合わせて一時帰国時期を決めた)、さらに私がハワイに移住したのもあり、私の一時帰国に合わせて年1回必ずみんなで集まっています。8人中6人結婚したので、子供も合わせて8人+子供ら12人の総勢20人の集まりになります。笑
それを毎年やれてるってすごいですよね。笑
さすがに移住したのもあって今はもう途絶えましたが、顧問の先生とは毎年年賀状のやりとりが続いていましたし、なんなら今はFacebookで繋がってます。笑
ちなみにその顧問の先生は、私が高校を卒業した2年後?あたりに異動になり(公立高校教師で公務員ですので)、配属された次の高校では「もう俺はバドミントンお腹いっぱいだ、ゆったりできるよう次は将棋部の顧問になるんだ」という私達の卒業時の宣言通り、将棋部の顧問になっていました。笑
実際問題、結婚されていてお子さんもいるのに、土日ほぼ全部部活で潰れて、しかもほぼボランティアで特別手当もなくて・・・ってどんだけ自分と家族を犠牲にして私達に尽くしてくれていたんだろう、と今となっては思います。本当に顧問の先生と、そして直接お会いしたことはないですが顧問の先生の奥様もといご家族には感謝でいっぱいです。
5、二兎追うものは二兎共得る現実
さて、思い出話に付き合っていただきましたが、ここからは「なぜ私が子供にスポーツ・部活動をさせたいか」にフォーカスして書こうと思います。
私が進学校にいたのもあるかと思いますが、高校1・2年では部活をし、高校2年の夏休み明けから部活を早期引退して大学受験に備える生徒が一定数いました。
もちろん、早めに塾に通ってより良い大学に受かるため、その選択をすることが悪いとは思いません。でも、なんというか、スポーツや部活を最後までやり遂げてる人って、馬力が違うと思うのです。
身近に実例がいるので挙げてみましょう。
私の同期、部活で1番強かった子=女子部部長ですが、彼女は高校3年の5月くらいまで私らと共に公式戦に出て、そのままストレートで早稲田大学に合格しています。
2番目に強かった子は、どうしても夢を諦められないと言って3浪の末に薬学部に入学、さらに大学内転部試験に合格して念願の医学部に移り、現在消化器系内科の女性医師として働いています。周りが大学生活をエンジョイしている間、一人夢に向かってひたすら努力をし続けるってすごい精神力です。
さらに1学年上の男子部部長は個人戦で県大会ベスト4で国体にも出場、同期が先に引退して受験勉強を開始する中7月まで部活に参加、その上ストレートで東京大学に合格しています。
1学年上の男子副部長は東工大、1学年下の男子部部長は慶応大、共にストレート合格。
受験を理由に早期引退した知り合いの中で、有名大学に合格したっていう子、実はあんまりいません。むしろ部活で活躍していた人間ほど、偏差値の高い有名大学にストレートで合格しているんです。
「二兎追うものは一兎も得ず」じゃないんです。部活で頑張って努力して結果を出す人間は、勉強でだって結果を出してるんです。すごくないですか?
もちろん、持って生まれた元々の頭の良さとかもあるとは思います。でも、スポーツと勉強、特に今まさに学生の子からすれば全然異なるものと感じるかと思いますが、本質は一緒です。だから片方で結果を出せたら、もう片方でも結果が出せる。これを実際に体現して証明している人が私の周りにはたくさんいました。
(あ、ちなみに私は女子部副部長でしたが、指定校推薦取って受験戦争から逃げた部類ですので対象外です。笑)
6、分析力とやりきる力
部活動、中でも運動部、そして勉強。
全く異なるもののように感じますが、本質は一緒。なので、結果を出すために求められる能力も一緒なのです。ではその能力とは?
それは、分析をする能力と、やりきる能力だと私は思います。
両方とも学生時代を過ぎて大人になって、その先も生きていく上で、仕事をしていく上で重要だと私自身感じてますし、部活をやっていたからこそ身についたな、と実感していることでもあります。
(1)分析力について
スポーツで上手になるにはもちろん練習が必要です。けれど、ただがむしゃらに反復練習したところで、ちょっとは上手くなるかもだけど、一定レベルは超えられない。
「なぜ自分はこれをうまくできないのか?」「これをできるようにするにはどうすればいいのか?」と考えるのが分析力につながるんだと思います。
サッカーやバスケで、シュートが入らない。じゃあどうすれば得点率を上げられるのか?野球でホームランが打てない。じゃあどうすればバットに上手くボールを当てられるようになるのか?
スポーツで上手くできないことに直面したら、できるようになるためにどうすればいいか、必ず考えますよね?自分で考えることもあるし、もちろんコーチにアドバイスしてもらうこともあるし、自分よりできる子はどうしてできるんだろう?って観察もすると思います。逆に、これがうまくできないのなら、代わりになる自分の強みってなんだろう?って考えることもします。これってすでに分析してると思いませんか?
スポーツで「上手くなりたい」って思ったら、必然的に分析力が身につくんです。
これを自然とやってきた学生は、いざ勉強となった時、「自分が間違えやすい問題はどれか」「なぜ間違えるのか」「どうすれば間違えないようになるのか」を自然と考えることができるようになります。
分析をすることで、理解が速くなり間違いが少なくなっていく。だから部活引退後の限られた時間でも勉強して結果が出せるんだと思うのです。
(2)やりきる力について
ちょっと昔2016年くらいに「GRIT」っていう本がビジネス界隈で流行ったのを知ってますか?直近だと堀江貴文さんが「やりきる力」という本を出版されてますね。
ビジネスにおいても重要視されるようになったこの「やりきる・やりぬく力」。
これがスポーツをすることで自然と身につくと思うのです。
スポーツの練習ってつらくないですか?体力的にも、精神的にも。
スポーツに必要な筋力をつけるには何度も限界までやらないとだめですし、基礎体力と称して延々ランニングさせられたりしますし。笑
体を酷使するので体も限界になりやすいですし、出される様々な練習メニューをこなすためにメンタル的にも強くないとやっていけません。
私は基礎体力がなかったので、ランニングが死ぬほど嫌いでした。でも、部活動の中でやりたくないからってサボれます?みんながやってる中で自分だけやらない、という選択肢はない。やりたくないけどやらなきゃいけない。
ランニングは体力的にもキツいですし、途中でもう歩きたくなるんだけど歩いちゃいけないから走り続けるために自分のメンタルを奮い立たせて誘惑に負けないようコントロールする必要がある。もちろんちゃんとやらずに見た目やってるふりして手を抜くこともできますが、それだと他の子に実力的に抜かれちゃうかもしれない。だから手も抜きにくい。
基礎体力や筋力作りの練習以外で実践的な練習になれば、もっと上手な子達はどんどん先に行っちゃうし、自分だけ出来てない、ていう場面に出くわすことも多いです。
自分が一番出来ていなくても、ショックを受けようが悲しくなろうが、うまくなりたいのなら、いじけずに投げ出さずに頑張り続けるしかありません。
あと公式試合もメンタル的にくるものがあります。
勝ち進むために全力を尽くして、でも負ける。悔しい。悲しい。あんなに死ぬほど練習したのに。上には上がいる現実を突きつけられますし、次こそ勝つ!と努力してもどうしても勝てなくて思い通りにいかないことにしょっちゅう直面します。
それこそ試合の最中、勝っている状況でも手を抜けば逆転されますし、負けていても強気で攻め続ければ逆転して勝てることもある。どんな状況でも、自分の気持ちをコントロールしてプレイにマイナスな影響が出ないように、最高なパフォーマンスができるようにしなければなりません。
普段の学校生活で、悔しくて泣くことってあります?笑
普段の学校生活で、一定時間自分のメンタルをコントロールすべく集中し続けることあります?笑
こうゆう経験こそが、「やりきる力」につながると思うんです。
打ちのめされても負けても、体も心もボロボロになっても、それでも何度でも立ち上がってやり続ける。
私の顧問は2つの言葉をいつも私達に言い聞かせていました。
1つ目は「心・技・体」。メンタル、技術、体の3つが揃ってこそ最高のプレイが出来るってやつですが、私の顧問の先生は、この言葉の順番で重要だと言っていました。
つまり、心、メンタルが一番重要ってことです。これってまさにやりきる力に絶対必要な要素。やり切るためにはメンタル、もとい意志が強くないとできません。技術は二の次でいいんです。
ビジネスで言えば、「このビジネスを成功させたい」ってやり続ける心、メンタル、強い意志が必要なんだって話です。知識やらなんやらの技術は二の次でいい。そんなものやり続ける中で付いてくる。そしてやり続けるためには体、資本も揃ってないとねって話ですね。
ちなみに顧問の格言2つ目は「継続は力なり」。言葉の通りですが、実は私この言葉大嫌いなので割愛します。笑
では勉強に置き換えたら?
それこそ受験勉強って受験が終わるまで終わりがないですよね。ここまで勉強すれば絶対大丈夫っていう確証もないですし、これやったら絶対に受かるっていう保証だってない。そんな中、周りにはもっと勉強できる子達がいて、模試の判定だって自分より上の子がザラにいる。それこそ自分の方ができるって思ってたのに模試の点数で負けたり。今回の模試は良い判定になるだろうって思ってたらそうじゃなかったり。
こうゆうツラい状況の中で、浮き沈みするメンタルを自分で律して、周りに影響されず粛々と勉強することに集中できる力が、運動部にいた人は経験から身についていると思うのです。だからこそ、自分の気持ちやメンタルをコントロールして、勉強に集中して、結果が出せる。
部活動であれば最後の引退試合まで、勉強であれば受験終了まで。
それまでずっと紆余曲折の中で浮いたり沈んだりしながら最後まで走り続けることが出来る。それこそが「やりきる力」だと思います。
7、まとめ
ということで長々と書きましたが、私が自分の子供たちにスポーツや部活動をさせたい理由、それは生きていく上で、仕事をしていく上で絶対強みとなる分析する能力、やりきる能力が身につくからです。
もちろん、スポーツやっていなかったからって、この力がつかないわけじゃないと思います。ただ、部活動やスポーツをやっていない子は、部活動やスポーツをやっている子よりも純粋に「分析する」「やりきる」という機会が少ないと思うんです。
習い事や部活でスポーツをするのって、特別な教育を受けられる名門校に入るよりもよっぽど手軽ですし、というか我が家の経済状況的にも助かりますし。笑
別に私は自分の子供たちにGiftedになってほしかったわけでもないし、天才になってほしいわけでもないし、というかむしろ雑草のごとく何度でも育つようなメンタルが強い子になってほしいのです。笑
薔薇とか胡蝶蘭とかそんな高嶺の花じゃなくていいんです。風でゆらゆら揺れつつも刈っても刈っても生えてくる、ぺんぺん草みたいになってほしい。笑
日本で営業したり、仕事で海外に行ったり、それこそ現在ハワイでつたない英語で仕事をしてきた経験の中で、最終的には「どれだけ泥臭く頑張れるか」なんだなーって思っているので、それが出来る人間になってくれればいい。笑
私が泥臭く頑張れる基礎を築いたのは部活だったな、と思うので(まぁ私は元来サボり癖がありますので全力で頑張っているとは程遠いですけど)、子供たちにもそうゆう経験を積んで欲しい、というお話でした。