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旅記 うだつの上がる町並み

 市営駐車場に車を停めます。時刻は十時を回ったくらい。六十台ほど収まりそうな駐車場は閑散としています。反対側に停まっているキャンピングカーがじっと搭乗者を待っているていどでした。看板地図を見るにうだつの上がる町並みはここから歩いてすぐのようです。ま、さっと一周歩いてしまいましょう。

 観光マップも置かれていたので一枚抜き取ります。本当に狭い範囲です。二本の通りを路地がつないでいて、俯瞰すると「目」のような区割りになっています。ぱっと見て「旧今井家住宅」「美濃和紙あかりアート館」がメイン施設でしょうか。アート館は食指が動かないので住宅だけ見て帰路につくとします。

 町は静かで、カフェなんかもまだ開けていません。町並みは歴史を感じさせ、ああこれがうだつか、と住宅と住宅の屋根の間から突き出した壁、そしてその装飾を見上げます。さすがにうだつとはなんぞや程度の予習はしました。隣家との境目に建て、火災時隣家同士の類焼を防ぐための防火壁です。


うだつの上がる。

 高山市の吉島家住宅には「火垣」という防火目的の壁が設けられています。あっちのほうが見ごたえあったなあなどと生意気な感想を抱きました。

 今井家に入り、受付で入館料を支払います。アート館との二館共通券を勧められましたが今井家だけで、と伝えます。玄関から見た建物の造りは典型的な商家のもので、入ると敷地建物をまっすぐ奥まで土間が貫き、その右側に座敷が作られています。手前が店、奥が住居や接待用の座敷のようです。玄関すぐ左手には立派なお雛様が飾られています。季節です。

 先客がいるようで、三人組が館長と思しき方から説明を受けています。途中からですが、と混ぜてもらいました。

 オチを言いますとその日、この今井家だけで合計三時間ほど滞在しました。や、もう見どころに溢れているんです。そしてなにより館長さんのお話がおもしろい。美濃市の町の成り立ち、火事除けの歴史、特にうだつ装飾の発展、美濃和紙が現代でどのように使われているのか、雛人形の来歴、今井家住宅各所の解説……非常に丁寧でユーモラスな語り口。

 例えば、うだつは防火設備のひとつだと言いました。うだつを上げるにも大層なお金がかかりますから、出世できない様を「うだつの上がらない」と表現するようになりました。ま、そういう実用性から作られたわけですから初期のうだつは屋根瓦の装飾も単純なわけですよね。しかし時代を下るにつれてどんどん華美になる。火除け・泥棒除け・厄除け・商売繁盛。あらゆるモチーフをてんこ盛りにする。見栄っ張りなんです。

 うだつはその用途上、二軒の間に一枚あれば十分です。なので片方の家がうだつを上げればその隣は上げなくていい。けれど、隣の家がどうしても自分のうだつを上げたい。頼む、上げさせてくれ! と頼まれればお隣のよしみ、元々うだつの上がっている家も断れないでしょう。そうして出来上がりを見てびっくり、先に上げたうだつよりも高いうだつが上がっているじゃないか! さすがに遠慮して後から上げたほうが後ろへ下がっていますが、でも、そんなことできますか? 昔の人の何たる見栄っ張り。おかしくて腹を抱えて笑いました。

 明治になって火災保険会社の走りのような商売が始まります。自前の消防隊を結成して、加入者の火事の際には飛んで消火するという仕組みだったそうです。その加入者の証として玄関先に鳶口を交差させた図案を貼っていたとのこと。これがなんと金閣寺の総門に貼られていたそうです。数年前に取り外されて非公開で保管されているそうですが、館長さんは非常に悔しがっていました。もう少し早く気づいていれば、と。もう興味の先がニッチすぎて……(どなたか鮮明なお写真をお持ちであればぜひご提供ください)

 ハートマークと言えば心臓や心、愛情を表す記号ですが、日本にも昔から同じ形の記号があります。しかし意味は異なり、これを「猪目(イノメ)」といい、山火事からはいち早く逃げ出す猪にあやかってこちらも火除けの意匠として用いられてきました。今井家住宅にも箪笥の縁の金具なんかにも猪目の意匠が施されています。館長さん曰く、ふかわりょうさんは今井家を訪れて以来、サインの♡に猪目と書き足すようになったそうです。

 美濃和紙は京都迎賓館の和紙すべてに用いられているとのことです。で、その張り方。千鳥張りと言って和紙と和紙の重なる部分を桟で隠さず、日に透いて陰影を楽しめるように張るのだそうです。この張り方も今井家の一部で見られます。

 最後に水琴窟。今井家住宅の奥のお庭には水琴窟が埋められています。地中に大きな鋳物の壺が埋められて浅く水が溜まっていますが、上から水をかけると水滴が反響してきれいな音が聞こえます。この仕掛け自体は日本全国にあります。金沢市東山茶屋街の一角にもありますので見つけて試してほしいですが、ここの音色は格別でしたので、機会があればぜひこちらも。


うだつの上がるいい町並み。
上がっております。
派手なやつ。
写真が悪いけれど、右のほうが少し高く、後ろに下がっている。
千鳥張り。
水琴窟の写真がなかった。不覚。

 もちろんほかにも楽しいエピソードは尽きませんが、町の成り立ちやお雛様の来歴なども興味深いですが、とりあえずここまで。ふかわりょう『スマホを置いて旅したら』(大和書房)にもうだつの上がる町並みについて描かれていますので、お手に取ってみてください。

 今井家住宅を辞して十二時です。近くのお茶屋で五平餅とよもぎ団子にがっつき、改めてうだつの上がる町並みを巡ります。先ほど見せてもらった画像の本物が目の前にあります。二つ並んだうだつは笑いながら写真に収めました。や、本当にもう。

 すると気がつくのですが、二階部分、一階の屋根に乗せるように箱の置かれた家がちらほらあります。箱、というか屋根が葺かれてしめ縄も渡されているので明らかにお社の類です。あれはなんだろう。由来解説の看板もないし……心配いりません。一枚写真にお収めして今井家住宅にとんぼ返りです。曰く、このあたり一帯の神様を班ごと(?)でお祀りしているそうで、その神様もまた火除けのご利益があるのだと。祭礼日には観音扉を開ける……と言っていたような。ただこの地域では取り立てて珍しい風俗ではないらしく、特段話題にも上らないと。へえ。楽しい。これそのほか諸々の話題で一時間。

 本当はそのご祭神をお参りに行きたかったのですが、いよいよ時間が危なく、後ろ髪引かれる思いで市営駐車場へ。途中、小坂酒造「百春」を購入。戻って見ると駐車場は中々の盛況ぶり。ただキャンピングカーが精算機の屋根に引っかかって出られない様子でした。結局大丈夫だったのだろうか。

 結局お昼を食べ損ねたので近くの道の駅へ。蕎麦をすすって出発。大正五年に架けられた美濃橋を河川敷から拝み、午後四時ごろ、ようやく美濃ICから高速に乗りました。帰路、北上です。


一階の屋根に乗っている。
長ーい歩行者専用の橋。