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熊野通信アーカイブス(その七拾七) :始まりのはじまり・・・!

この度の平成の大災害(注:2011年 東日本大震災)は、もはや日本国だけの問題ではなく、全世界を巻き込む人類の生き方の根本的な課題を、多く現してしまったと思います。当地で被災された方々の心の平安、未だ行方不明の方々の安否、亡くなられた方々の冥福を祈ります。

こころの備えが肝心かなめ・・!

大変な事態が起こってしまった今、地球規模で問われているのは、我々の内側・・・つまり、自分自身の揺れ動く「分裂したこころ」を、今この時点で白紙に戻せるか?と言うことなのです。

その分裂は「善や悪、優や劣、幸や不幸、上や下・・・」の捉え方や価値観が、現在までの自分自身の人生や、しいては地球の環境を創り出している理由だからなのです。まわりばかりを気にして、自分の内側には無頓着だった結果、何かがあると心が動揺し、また外や環境のせいにしてしまうのではないでしょうか?

分裂や競争の社会ゆえに、自分の外側に対する防御を、強化して来たのが今までの歴史で、個や我を優先するあまり、全体性が失われているのです。

自然と人は未分化・・・!

自然の一部であり、自然と未分化な存在であった我々が、自然から遊離分裂して、自然を必要以上に、コントロールしようとした過ち、それはかけがえの無い「いのち」のつながりを、実感できなかったところにあるのではないでしょうか?同じように、自分(内側)を中心に、相手(外側)をコントロールして動かそうとする「我」に気付かないと、小さな「我」に囚われた目先の人間関係しか生まれてきません。

自然の森羅万象は、何ひとつ分離したものは無く、すべてのいのちは繋がって地球の法則にそって相互に助け合っています。「分裂したこころ」を「融合したこころ」に切り替える、そのことを気付く大切な時の始まりのはじまりだと考えます。

大自然に学ぶ、人生に熊野を・・・!

しかしながら、日常の中で「深く自らを見つめること」の難しさは、誰しもが経験しています。自分を離れて客観的に自分を捉えることは、ある意味自分をよく知る目の前の身近な人の話に、耳を傾けることにつながっています。

今こそ古来から、大自然に身を置いて自分から離れられる場を提供して来た熊野を訪ね、「素直さ」や「謙虚さ」、そして「感謝」のこころを、今一度見つめ直し、日々に磨いていきたいものです。

NPO法人 熊野生流倶楽部 代表 満仲雄二

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