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生理前の「死にたい」をバイオハザードで乗り越えた話

出産してから、たまにふと「しにたいな」と思うときがあったが、最近になってそれが排卵予定日の前後で起きることに気づいた。

生理がくると「少し前までの、この世の終わりのような気持ちはなんだったのか?」と過去の自分を疑うほどに心は晴れ、世界はきらめく。「わたしはこの世界でとてもハッピーに生きているんだわ!」のプリンセスの気持ちに戻る。わたしはだいたいディズニープリンセスなので。 

それでもルナルナの排卵予定日マークの前後になると、突然「世界? クソなんだが」のゴミになってしまう。なぜなのか。「プリンセスなんてこの世にいるわけねぇだろ」ってさ。「わたしはもう終わりなわけ」ってさ、なっちゃうのなんで?

悲しくて苦しくてもう終わりだ……の絶望というより、落ち込んで体育座りしていたら「よいしょ」と横に死神がいて「元気ないじゃん。そろそろ逝く?」とラフに呼びかけられる感覚。
「うん、そろそろ逝く〜」と返事をしたら最後、そのまま逝ってしまいそうなので頭をフリフリ、心を強く、いやいや本当はしにたいとかじゃなくただしんどいんでしょう寝たいんでしょうというよりホルモンバランスの問題だろ!!! と思い直すも、もうほんとうにその日はとてもつらい夜でした。そんな夜の話を、今からします。

***

その日、わたしはとても疲れていた。
仕事の打ち合わせが重なり、難しい話をして頭がパーン! となった数分後にはまた別の難しい話でパーン! とならなくてはいけない日で、これはもうゆっくりお風呂に入って好きなものを好きなタイミングで食べてたっぷり寝るしかねぇや、のところまで疲弊した。

けれどもそんな理想を描くことがなかなか難しいのが育児というもので、もう一歩も動けないよう……のところからエネルギーのカケラを拾い集めて、わたしは保育園に我が子をおむかえに行かなくてはいけない。

かわいいかわいい1歳ぼうや。おむかえの際に頭のにおいをかいで一瞬回復するものの、もともとひんしの状態でポケモンで言うところのただのおいしい水を飲む、くらいのもので。
ひんしにいくらおいしい水をやっても、それはただのひんしなのであった。

なんとか自転車にぼうやを乗せて家まで帰宅し、自転車降りようね〜おうち入ろうね〜お風呂入ろうね〜お風呂入るよ〜お風呂だよ〜お・ふ・ろ! はいえらいねすごいね終わったねおむつはこうね〜おむつだよ〜おむつはけるかな〜お・む・つ! とやっているうちに、いつのまにか微かに残っていた余力は消え去り、これはげんきのかたまりでもむり……となってしまった。

そんな夜に限って夫は残業。ふたりで協力することもできない。ひとりで乗り切るしかない。
極めつけに排卵期前後に起こる衝撃的な腹痛がなぜかそのタイミングでやってきた。出産前はそこまでの腹痛に見舞われることはなかったのに、体がすっかり変わってしまった。

あぁこりゃあだめだ動けんわ……の痛みに体を折り曲げながら、それでもごはんの準備をしてぼうやと一緒になんとかお腹に詰め込み、寝る支度をすませて、ベッドに入り、寝かしつけが終わった………………のところで、もう無理だった。

疲れているのに頭は冴えていて、横ですうすう眠るふくふくほっぺのぼうやの顔を見ているうちに涙がこぼれて、どうにも止まらずにボロボロと泣きながらベッドを抜け出しリビングに行った。

その頃にはもう残業を終えて帰宅した夫がひとりで夕食をとっていて、泣きながらやってきた妻にオロオロ、アセアセ。「ごめんね遅くなってしんどいね」とやさしく声をかけてくれるも、闇堕ちプリンセスのわたしの心には響かない。

もうしにたいと思った。
その瞬間たしかにしにたいと思い、けれど少しだけ残っている理性であぁ生理前のアレねと思い、そのあとでやっぱりそれでも疲れすぎてどうにも回復する見込みはありません、もう終わりです……といよいよすべてを手放したくなった。

頭がうまく回っていなかった。ただただもうなにもかもイヤだなと思った。ぜんぶがすべてがイヤだなって、もういいやって、もうどうでもいいやって、思って…………ダークマターに身も心も投げ出しそうなギリギリの一歩手前で、ふと思った。

なんもかんも気にしなくてよくて、なんもかんも投げ出してよくて、なんもかんも考えなくていいんなら、わたし、バイオハザードやりてぇんだが? って。そう思った。そして口に出した。

目の前に夫がいる。妻であるわたしは泣いている。泣きながら、妻が言う。「……バイオハザード、やってよ……」。怖いって。

***

バイオハザードはプレイしたことがあった。正しくは、プレイしてもらったことがあった。

わたしはポケモンのようなコマンド式のゲーム
しかできないので、バイオハザードなんてプロ級のプロしかやらないゲームはチャレンジする前に人に頼ってしまう。なので10代のころは友人に、そして夫と交際してからは夫にプレイしてもらい、横でハラハラドキドキしながらゾンビたちの猛襲を切り抜ける様子を楽しむ……というのがわたしのバイオハザードスタイルになった。

本当はバイオハザードのすべてのソフトを楽しみたいものの、出産後はあまり時間に余裕がなく、やりたいな〜やりたいな〜と口に出しながらも後回しにしていた。なぜなら実際にやるのは夫なのだし、そして夫はオープンワールドのポケモンやゼルダの伝説をプレイしたがっていたから。(わたしもそのふたつのプレイ画面もとても見たかった。ちなみにどちらも最高におもしろかった)

けれどあまりにもクタクタな今、涙で顔面がぐちゃぐちゃな今、バイオハザードをやりたいと意思表示してもいいだろうと。
思わずポンと口から出た言葉だったが、妻の異様な様相に押されたのか、それともこれは妻の最大級のSOSだ! とピーンときたのか、その時点で22:30と夜も遅かったのに夫は「いいよやろうね!」とすぐさまダウンロードコンテンツを購入し、わたしが「バイオハザードやってよ……」と詰め寄った10分後くらいにはコントローラーを持って「始まるよ!」と笑いかけてくれていた。
つまり夫はすげ〜〜〜いいやつなのであった。

バイオハザードは、すごかった。

数分前は「もうおわりです……」となっていた人間が、オープニングを見て操作が始まるころには「すでに怖い! ゾンビ来るんじゃない!? もういるんじゃない!? 唸り声聞こえるよ目の前にいるんじゃない!? あっ、嘘だったカラスだった」とガヤを入れられるほどに、気持ちが前向きになっていた。

ちなみにストーリーはよくわかっていないし、シリーズも「とにかく新しいやつ……」と夫にお願いしたもので何作目なのかも理解していない。
それでも開始数分でここまでおもしろいんだから、バイオハザードはすげぇや。

ゾンビちょうこわい。ちょうこわくて悲しい気持ちなんて気づけば吹っ飛んでいた。なんなら明日もバイオハザードやるぞ! と思うことで未来が楽しみになっている。
わたしの人生明るいことばかりだ、だってゾンビを倒さなくちゃいけないんだし。そう思えるのはバイオハザードのおかげ。バイオハザードを操作してくれている夫のおかげ。そして、バイオハザードを作ってくれた人たちのおかげ。

しにたい気持ちの母親をゾンビが救ってくれていると、ゲーム制作会社の人たちは知ってくれているだろうか。あなたの作ったゾンビが、日本の母をひとり救いましたよ。ゾンビちょうこわい、と思うことで、もうしにたい、の気持ちを消し飛ばしましたよ。
カラスの声すらめちゃくちゃこわいし、ゾンビの動きもちょうこわいし、操作している夫もなんだかんだ笑顔で「ヒィ〜ヒィ〜」とゲームを楽しんでいて妻もほっこりですよ、とひょんなことから伝わればいいのに。

これからもゾンビで世界を危険にさらしてほしいし、そのたびに主人公に世界を救わせてほしい。
そのかたわらでわたしも救われるから。

ここからは余談だが、わたしはリトルナイトメアの続編もめちゃくちゃ楽しみにしている。
もし続編が出て、また生理前のもうおわりだよ……の気持ちにとらわれたら、申し訳ないけど再度涙で顔面をぐちゃぐちゃにして夫に頼むしかない。「リトルナイトメア、やってよ……」って。

今後の人生のためにも、なにかおすすめの怖い系のゲームがあれば教えてください。

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