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学習机は、パンドラの箱。

まさか自分の息子が、犯罪を? いや、何かの間違いであってほしい。間違いに決まってる。でも、今私が手にしているものは…。

***

それは、24歳になる長男が、まだ中学生だったころの話。

長男は勉強はできなかったけれど、近所の人にきちっとあいさつができるし、困っている人がいれば手伝ってあげる。友達を大切にするし、人に迷惑をかけるようなことはしない。

ご近所の人や私の友達からは、「長男くんは、ほんとうにいい子やなぁ」「お母さん、いい子に育てたね」と言われ、先生からも友達からも信頼されていた。

とてもいい子に育ってくれた。そう思っていた。

ところが、だ。

***

その日、私は探しものをしていた。

それが何だったのか忘れてしまったけれど、長男の持ち物で、とにかく急いで探す必要があった。けれども、長男は学校に行っていて留守。勝手に探すしかなかった。

長男の学習机の上にも、本棚にもない。机の引き出しを上から順に開けてみたけれど、見つからない。後はここだけ。一番下の深い引き出しを開けてみた。

何か引き出しの奥にギュッと丸めて突っ込まれているものがある。Tシャツのようだけど、買った覚えも、見た覚えもな い。これは、何? 広げてみると体操服だった。

長男のものではない。デザインも見たことがないものだ。そして、胸には知らない学校の校章。何より驚いたのは、それが明らかに男子には小さい、おそらく女子用のものだったこと。

え? 何これ? 盗んだん? そういう店で買ったとか? 犯罪なん? ちょっとしたパニックに陥る。

性癖はいいのです。でも、犯罪はあかん。盗みはあかん。ダメ! ゼッタイ!

もう次から次へと、よからぬことばかりが浮かんでくる。体操服を持つ手も震える。さらに引き出しの奥から出てきたのは、くしゃくしゃになったゼッケンのようなもの。知らない名前が書かれている。たぶん、持ち主の。

はい、ちょーなーん、アウト! なんて冗談を言っている余裕などありません。

いい子に育ってるなんて思ってたけど、まさかこんな犯罪に手を染めているとは。どこから盗んできたのか。余罪はあるのか。これは問い詰めなければならない。驚きと落胆。ああ、育て方が悪かったのか。

長男が帰ってくるまで、どのような言い方をすべきか悩んだ。変に刺激してはいけない。でも、悪いことをしているなら、二度と同じようなことがないようにしなければ。なんでこんなことになったのか。いろいろな感情がぐちゃぐちゃになり、もう泣きたい気持ちだった。

けれども悩んだ末に、私はその体操服をまた引き出しの奥にねじ込んだ。

***

このことを長男に言うことはできなかった。怖かったのだ。盗んだのかも知れないと思うと、確かめるのが怖かった。何もなかったかのように装い、数日間考えた。でも、第二、第三の犯罪を起こしてからではもう遅い。ようやく意を決して本人に確かめることにした。


「あのぉ、探しものがあって引き出しあけてんけど。なんかぁ、体操服みたいなん入ってて…」


長男は「ああ」と、驚きもしない。うすら笑いさえ浮かべている。さては開き直るつもりなのか。

そして、何かの箱を持ってきた。「これやで」。

手には、アニメの公式BOXの箱。

そこには「特別付録」の文字。キャラクターの…学校指定Tシャツ…ゼッケン付き…。桂ヒナギクの! って、だれやね〜〜〜ん!

さよですか。よかったです。ほんと、よかったです。

公式BOXを買ったのはいいけれど、この付録はいらん…と引き出しにほうりこんで、それがどんどん奥に入っていって隠したみたいになっていたのだ。

冤罪というのは、このようにして生まれるものなんですね。疑って悪かったけど、まぎらわしいねん。「ようちえん◯月号付録」みたいに、大きく書いといてくださいよ。


ちなみにこちらのお品になります(付録のみ)。​