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第1章 ④私が、私でいられる場所

「ハイ、今日はここまで」
 チャイムが鳴り、先生は教科書を閉じた。
 クラスのみんなは、一斉に立ち上がる。
「音楽室行く前に、トイレ行かない?」
「うん、行こー」
 音楽の教科書とノートと筆箱を持って、私も立ち上がる。

 ここは女子高。見渡す限り、女の子しかいない。分かっていても、入学したばかりの頃は、授業中にふと顔を上げた時に女子の背中しか目に入らないから、「うわっ、ホントに女の子だらけだ」って思ったっけ。

 うちの学校の制服は、ジャンパースカートだ。白ブラウスに襟元で赤いリボンを結んで、紺のジャケットを羽織るのが基本のファッション。校内ではジャケットを脱いで、リボンを取っちゃってる子が多い。校則はそんなに厳しくないから、スカートを短くしたり、チェックの可愛いリボンにしたり、いろんなアレンジをしてる子もチラホラいる。
 私は決められた制服を、そのまま着てるだけ。我ながら、つまんない性格だよね。

 クラスでは、いくつかのグループができている。グループで行動してなくても、二人で行動してたり。みんな、おしゃべりしながら教室から出て行く。

 私は一人。いつも一人だ。
 もともと人見知るってのもあるけど、気が付いたらグループができてて、あぶれてしまった。一人でいるのには慣れてるから、いいんだけどね。中学時代もそうだったし。でも、高校に入ったら、こんな自分を変えようって思ってたのに。

 沈んだ気持ちで廊下を歩いていると、「後藤さん、鍵当番じゃなかったっけ?」とクラスメイトが声をかけてきた。
「か、鍵、鍵当番?」
「うん。日直が備品室の鍵を持って行って開けることになってるよ」
「あっ、そか、そっか。うううん、わか、分かった。鍵、鍵を、取って来る」
「お願いね」
 クラスメイトはちょっと不思議そうな顔をして、去って行った。

 あああああ~、やってしまった!
 何気ない会話をする時でも、どもっちゃうクセ。急にどもっちゃうんだよね。大丈夫な時もあるのに。これ、めっちゃ落ち込むヤツだ……。
 ずううううんと気持ちが落ちていく。職員室に行くために踵を返すと、向かってくる人とぶつかりそうになった。

「あ、ごめ、ごめんなさ」
 それは、同じクラスの水木優さんだった。
 背が高くてシュッとしてて、ショートカットの髪がよく似合う。
 私をチラッと見ると、何事もなかったかのように、足早に追い越していった。
 彼女もいつも一人で行動している。私は一度も彼女が笑っているところを見たことがない。授業中、みんなが先生のギャグに笑ってても、一人で興味なさそうにしている。

 私と違って、自分の意思で一人でいるのを選んでいる感じ。クラスの人に話しかけられても、いつも一言でしか返さないから、話しかけづらいオーラがめっちゃ出てる。
 明らかに浮いてる。でも堂々としてる。
 うらやましい。私も、一人でも平気でいられる勇気が欲しい。

 
 その日の放課後は部活だ。
 美術室に行くと、みんな模型を前にしておしゃべりしていた。
「これ、何?」
 同級生に聞くと、「去年の文化祭の正門アーチの模型だって。うちの文化祭は毎年、美術部がアーチを作るんだって。これから、その話し合いみたいよ」と教えてくれた。

「へえ、そうなんだ。こういうのを作ってから、大きいのを作るんだ」
「いきなり作りはじめたら、サイズがめちゃくちゃになるからね。10分の1で作ってから、10倍の大きさにして作っていくの」
 2年の先輩が教えてくれた。

 美術部は1年生5名、2年生7名、3年生6名の、少人数のクラブだ。
 みんな優しくて、のんびりした雰囲気で、居心地がいい。私の他にもおとなしい人が何人もいるから、あまり話さなくても浮いたりしない。教室にいるより、ずっと楽に呼吸ができる。
 私は中学の時も美術部だったから、迷わずここを選んだ。
 活動は平日の放課後の2時間だけ。あんまりガツガツしてないのも、いい。

 部長さんが、今まで作ったアーケードの画像を見せてくれた。
「今年の文化祭のテーマは、『飛躍』だって。来週の金曜日に一回目のアイデア出しをするから、みんな、一つずつ『こんなアーケードにしたい』っていうのを、考えて来てくれるかな。一年生もね。何でもいいよ。ラフで構わないから」

 部長さんの言葉に、「絵描きソフトでもいいですか?」と同級生が聞いた。
「うーん、これも絵を描くトレーニングになるから、手書きがいいかな」
「ハーイ、分かりましたあ」
 私は部長さんの話を聞きながら、模型に見入っていた。
 ボール紙で作ってある簡単な模型。私、これ作る係になりたいなあ。

「後藤さん、模型、好き?」
 急に部長さんが顔を覗き込んできた。
「えっ、ハイ、えーと、す、好きって言うか」
「4月にみんなで美術館に行ったでしょ? その時も、後藤さんは絵画より、ジオラマをずっと見てたから。造形が好きなのかなって」
「ハ、ハイ、そうなんです」
「バッグについてる、あれ、もしかして、自分で作ったの?」

 学生カバンの持ち手には、幕の内弁当のミニチュアのキーホルダーをつけている。出来がよかったから嬉しくて、キーホルダーにしたんだ。
「ハイ、じ、自分でつく、作りました」
「そうなんだ! すごいね、こんな細かいの」
「卵焼きと、鮭とエビフライと……えっ、野菜の煮物まで入ってる!」
「漬物もあるよ、すごい、すごい」
 まわりのみんなが、キーホルダーを見ながらざわついた。
 どもっちゃったけど、みんな全然気にしてないみたい。ホ。

「ペンケースにもついてるでしょ?」
 みんな、何気によく見てるなあ。ペンケースにはクロワッサンサンドのキーホルダーをつけている。ハムとチーズとレタスを挟んでいるサンド。
「うわ、リアル~」
「こういうの作るの好きなんだ?」
「しゅ、趣味なんです」
「へ~、器用だねえ」

 部長さんは、「今年は絵を描くだけじゃなく、造形もやりたいよね。先生に相談してみようね」とニコニコしている。
 私は心がほわわんとなった。嬉しい。
 私は部活でも全然しゃべらない。ってか、しゃべれない。
 それでも、そんな私をハブることもなく、ムリに話させようともしないし、ゆるく受け入れてくれている。
 自分が自分のまま、ここにいてもいいってこと。
 それだけで、私は胸が温かくなるんだ。

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