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愛なんか、知らない。 第3章④大切なひと時

 次の日、展示会で買ったミニチュアを学校に持って行くと、予想通り、みんな大興奮だった。
「このリース、ヤバくない~?」
「こんなちっちゃいの、よく作れるねえ」
「わっ、この炊飯器、ご飯が入ってる! マジヤバい~」
「私もこういうの欲しい、欲しい!」
「来年は、みんなで一緒に行こうね」
 明日花ちゃんたちとひとしきり盛り上がる。

 さっそく、その日の放課後、優さんと豆本を作ることにした。
 日が暮れるのが早くなり、窓の外では夕焼けと群青色の空が交じり合おうとしている。群青色の夜空に、きらめく銀の星。私の大好きな空だ。

「うわ~、こんな小さな鏡台まである。すごい繊細な世界だね」
 優さんは豆本のキットをデザインカッターで切り取りながら、感心している。
「魚とか貝も、貼り付けてくんだ。こんな細かいの、よく考えるよね」
「ね~。部屋ごとに壁紙と床が違うのも、凝ってるよね」
「こういうのって、凝り始めたらキリがないんだろうなあ。プロの人って、毎日、朝から晩までこういうのを考えて作ってるんでしょ? すごい才能だよね」
 優さんは、心の底から感心してるみたい。

「葵さんも、ミニチュアのプロを目指してるの?」
 ふいに聞かれた。
「う、うん、プロっていうか、ミニチュアの展示会で自分の作品を売れるようになったらいいなって、昨日は思った」
「そういうのをプロって言うんじゃない? 自分の作品でお金をもらえたら、立派なプロでしょ」
「それなら、もうもらってるかも」
 私は老人ホームの入所者さんにミニチュアハウスを作っていることを話した。

「そうなんだ! すごいね。もう自分の力でお金を稼げるんだ、葵さんは」
「稼ぐって程じゃないけど」
「でも、この先もずっと続けて、お客さんをどんどん増やしたら、それだけで食べて行けるでしょ」
「そうなったら、いいなあ」

 切り取った部品を組み立てる作業に入った。
「私さ、通訳する人になりたいんだ」
 優さんは何げない口調で言った。
「だから、留学するつもり。留学して、英語だけじゃなくて、ドイツ語とかフランス語とかもマスターして、海外でも日本でもどこでも通訳できる人になりたい」
 優さんは、今、ものすごく大事な大事な話をしてる。私は手を止めて、真剣に耳を傾けた。

「すごいね、だから英語を頑張ってるんだ」
「うん。留学するのはね、早く家から出て行きたいからってのもあるんだ。もう、あの家にはいたくない」
 最後の一言はため息交じりにつぶやく。
 どれだけ。どれだけ、つらいんだろう。
 家族がいるのに。みんなそろって笑って話してるのに、自分だけいない存在として、空気のように扱われるのは。
 もう何年、息を殺して、自分の心を殺して生きて来たんだろう。

「調べてみたら、高校生でも奨学金で留学できるみたいなんだよね。私、来年か再来年に留学しようかと思って」
「えっ、そうなんだ」
「うん。まだ調べてるだけなんだけど。もう後2年もこういう状態を続けてらんないなって。そんなことを、文化祭のミニチュアを作りながら自問自答してたっていうか。だんだん、自分が何をしたいのかが見えてきたっていうか」
「そっか……」

「ねえ、今度、犬小屋のミニチュアのつくり方、教えてくれないかな」
「犬小屋?」
「うん、あの写真のゴン太。去年、亡くなったんだ。犬小屋のミニチュアを作って、留学先にも持って行きたいなって」
「うん、うん。いいよ。作ろう。一緒に作ろう」
「ありがとう」

 優さんは寂しそうな笑みを浮かべる。ゴン太は、きっと、唯一優さんの家族だったんだ。ゴン太と一緒にいる、そこだけが優さんの居場所で。
 寂しい。寂しいね、私たち。
 たぶん、私たちは特別なものなんて求めてない。ただ、一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に怒ってくれる家族が欲しいだけなんだ。
 それがこんなに、難しいなんてね。

********************

 あっという間に12月になった。
 望月さんのワークショップは期末テストの後でよかった……。
 古谷さんのタバコ屋さんのミニチュアは、完成に近づいてきた。昔のタバコのパッケージもちゃんと調べて、タバコを一箱ずつ作っている最中。ミリという大きさの箱を作るのは大変だけど、上手にできると嬉しい。タバコの箱のデザインも、意外とキレイだなって気づいたりして。

 コンテストに出す作品をどうするか、まだ決めかねてる。間に合うかなあ。。。でも、今までの作品をリメイクして出す気にはならないし。うーん。

 ワークショップは池袋で行われる。
 場所はサンシャインとは別方向の駅近くのビルだ。地図を見ながらそのビルを探して歩いていると、大勢の女の子が集まっているビルがあった。
 なんだろう。もしかして、この人だかりって。

 そのビルの前に黒い車が到着し、中から望月さんが姿を現した。
「はあい、みんな、来てくれてありがと~」
 手を振りながら挨拶すると、とたんに歓声が爆発する。
 ファンにもみくちゃにされながら、望月さんはビルの中に入った。ワークショップに参加できなかったファンが、入り待ちをしてたのかな。
「す、すみません」
 私はペコペコ頭を下げながら、何とか人垣をかきわけてビルに入る。
「何、あの子。ワークショップに参加するの?」
「え~、いいなあ」
 エレベーターが閉まるまで、ファンの視線が背中に刺さりまくって、痛かった。

 受付に名前を伝えて教室に入ると、目が♡になっている女の子たちがキャーキャー騒いでいる。アイドルのライブ会場みたい。
「はあい、みんな、席についてえ。写真は後、後。ワークショップを始めるよ~」
 ホワイトボードの前に立った望月さんが甘い声で呼びかけると、「はーい」とみんなおとなしく席に着く。
 20人限定の教室だけど、なんだか熱気がすごい。私は端っこの席に座った。

「みんな知ってると思うけど、僕のワークショップはトルソーをつくります。僕はトルソーが大好き。これからどんな服を着せられるんだろうって、想像力を掻き立てられるって言うのかな。ストーリーを感じるんだよね。参考までに、僕が今まで作ったトルソーを持って来ました」
 スタッフさんが机にトルソーを並べた。

「ハイ、近くまで見に来ていいよ」
 望月さんの一言で、みんな机のまわりに詰めかける。
「トルソーだけでも、こんなに種類があるんだあ」
「すごい、かわいい」
 参加者は目を輝かせてずらりと並んだ作品を眺める。

「ミニチュアは自由に作っていいと思うんだ。だから、こんな風にチェック柄や花柄にしてみたり、襟やリボンをつけたり。これは、首から胸だけの短いトルソー。こういうのも可愛いでしょ? これはワイヤーで作ったトルソー。ワイヤーでこうやって袖や裾に模様を入れると、洋服っぽいでしょ? 後、これ。黒や白だけのシンプルなのも、スタイリッシュな感じで素敵でしょ? スタンドの部分を金色にしたら、それだけで高級感が出るんだよね」
 望月さんは、弾んだ声で説明する。ホントにトルソーが好きなんだなあ。

「今日は皆さんに、布でトルソーを作ってもらいまあす。皆さんの手元に、トルソーを作るキットがあるよね? そこに布とスタンドの木とか、ビーズやリボン、レースが入ってます。ビーズとレースは、時間があったらトルソーを飾ってみてね。まずは、スタンドから組み立てていくよ~」

 2時間で1万円のワークショップ。
 1万円は高いけど、バイト代で貯めた貯金があるから、何とかなった。
 私が座っているテーブルは、5人の女性と一緒だ。20代ぐらいの人もいれば、40代ぐらいのおばさんもいる。もしかして、参加してる人の中で私が一番若いのかな。

 望月さんの解説を聞きながら、木のスタンドの足の部分を組み立てていく。
 これは、望月さんが板から切り出して部品を作ったのかな? ワークショップって、意外と準備が大変そう。

「ねえ、圭君、この木、うまくハマらないの~」
 目の前に座っている40代ぐらいの女性が、鼻にかかった声で呼ぶ。
「あれ、嚙み合わせる部分の処理が甘かったかな……。ちょっと力を入れてみようか。えいっ。ホラ、入った、入った。これで大丈夫」
 もうもう、このテーブルにいる女性陣はみんな、望月さんに釘付け。♡が飛び交っているのが、私には見えるよ。

「葵ちゃんはどう?」
 望月さんがいきなり私の手元を覗き込んだ。
 えっ、葵ちゃんって。い、い、いきなりちゃん付け!?
「うん、きれいにできてるね。いい感じ。次は本体に行こっか」
 望月さんが、私の肩をポンッと叩く。
 その瞬間、教室にいる全女性が、私に向けて刺すような視線を向けた。ううっ。殺意をビシバシ感じる。みんなの「葵ちゃんんん?」「何? この子」って心の声が聞こえるよう。
 みんなの視線が怖すぎて、望月さんが親しくしてくれても喜べない。。。

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