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愛なんか、知らない。 第4章⑥あっという間の転落

 しどろもどろになりながらも、何とか、いつも圭さんがワークショップで教えている通りに進めていく。
「えーと、つ、次はこの2枚の布を縫い合わせていきます。は、針と糸は持って来ていた、いだた、いただいたものを使ってください。えと、待ち針でこんな風に留めていくと、縫い、縫いやすくなります」
 3人とも、すごく真剣に私の手元を見つめている。もしかして、この人たちは、純粋にミニチュアを作るのが好きなのかもしれない。

「あ、あの、もう少し縫い目を小さくしたほうが、キレイに仕上がりますよ」
「これ、ミシンでも縫えますか?」
「縫えます。ミシンは、しつけ糸でしつけてからゆっくり縫ったら、縫い目が乱れないと思います」
「へえ~、なるほど」
 私なんかの話を真剣に聞いてくれる。ううう。嬉しいよお。

「先生、私のこと、覚えてます?」
 ちょっと太めのおばさんが、私を見上げた。
 えっと。どなただっけ? どこかで会った気がするけど。どこかで。どこ?
「あっ」
 私は小さく声を上げた。

「あの、あの、圭さんのワークショップで」
「そうそう。見かねて私のトルソーを手伝ってくれたでしょ?」
「そうでした……って、見かねてって、あの、そういうわけじゃなくて」
「いいの、いいの。あのころの私はひどかったし」
 アハハと笑い飛ばしてくれる。
 事前に書いてもらったアンケートの名前をチラリと見る。井島さん。そうだ、そんな名前だった。

「私、あの後、ずいぶん縫い方の練習をしたの。どう? かなりキレイになったでしょ?」
「かなりどころか、すっごくキレイな縫い目です! 縫い目が全然ブレてないし、縫い目の幅も同じだし」
 井島さんは嬉しそうな顔になった。
「でしょでしょ? 特訓したんだから! キレイに作れるようになると、楽しくて」
 きっと、特訓の成果を圭さんに見てもらいたくて、今日は参加したんだろうな。私が講師で申し訳ない……。
 そう思いながら、精いっぱい私にできることを教えた。

 3人とも、とても素敵なトルソーが仕上がった。
「皆さん、上手です! すごいです! 最後のアレンジのセンスも素敵ですね。圭さんに画像送ったら、きっと喜んでもらえますよ」
 手放しで褒めると、三人とも照れくさそうな顔になる。

 でも、「私はトルソーを作ってみたかったんで、望月さんに作品を見てもらえなくてもいいんです」「私も。自分で作った人形の服を飾るために、ちゃんとトルソーを作りたくて」と、意外な反応だった。
 井島さんも、「私も、圭君に見てもらってももらえなくても、どっちでもいいかな」とトルソーを満足そうに見てる。
「知り合いにトルソーを作ってプレゼントすると、喜ばれるの。もっといろんなものを作れるようになりたいって思うようになって」
「そうなんですね。他のミニチュアも楽しいですよ!」

 井島さんはワークショップが終わってから、「後藤さんにお願いがあるんです」と話しかけてきた。
「今日は、本当は後藤さんとお話ししたくて申し込んだんです」
「えっ、わた、私と?」
「後藤さんに、ミニチュア教室の講師をしてほしいんです。私と私の友達と、5人ぐらいでミニチュアを作りたいって盛り上がってて。その講師をしてもらえませんか?」
「え、え、え、私に、ですか? 圭さんじゃなく」

「圭君はもう、こんなに高額でないと教えてくれないでしょ? それに、最近の圭君は評判よくないって言うか。私の知り合いが参加して、『スマホばっか見てて、全然教えてくれなかった』って言ってたし。その代わりに後藤さんが熱心に教えてくれて、分かりやすかったって。だから、私たちの中では後藤さんに講師になってほしいってことになってて。突然のお願いで何だけど、考えてくれると嬉しいです」

「えーと、えーと、えーと、どこで教えれば」
「私が住んでるのは千葉なんだけど……みんな住んでるところはバラバラだから、都内でどこか場所を借りたほうがいいかな。料金は、1人につき1万円でどうですか? 時間は2時間ぐらいで。それで月に1回ぐらいとか。今すぐ決めなくてもいいから、検討してもらえると嬉しいです」

「ハハハイ、でも、でも、ホントに私でいいんですか? ベテランの作家さんは、他にも大勢いるし」
「3年前に会ってから、後藤さんのポイッターはずっとフォローしてて、作品の画像を見て『素敵だな』ってずっと思ってて。感性に共感できるって言うのかな。だから、後藤さんに教えてもらいたくなって」
「そそそんな、うれ、嬉しいです! 嬉しいです!」

 井島さんはほっこりした表情になる。
「今日は来てよかった。こういう大きなワークショップなら、後藤さんが助手で入るだろうなって思ってたら、圭君が休みで、後藤さんに教えてもらえるなんて。実際に教えてもらって、やっぱり、教え方が上手だなって思って。私はやっぱり、後藤さんに教わりたい。後でDM送らせてもらいますね」

 私は胸がいっぱいになった。
 まさか、私のことをそんな風に見てくれている人がいるなんて!
 そんな、考えるまでもない。
「ありがとうございます。私、私、教室やりたいです!」
 即答すると、井島さんは「ホントに? よかったあ」と手を叩いて喜んだ。
 お互いに何度もお礼を言い合って、井島さんを見送りながら、私は喜びをかみしめていた。

 私のことを、そんなに評価してくれる人がいるなんて。世の中、何が起きるか分からない。
 感激のあまり泣きそうになってると、
「午後の回は2時からだから、それまでに準備して、ランチも食べて来てね。そんなにのんびりしてる時間ないから」
 と、佐倉さんが冷たく言い放つ。
「あ、ハイ」
「まあ、どれぐらいの人が残るか分からないけど。一応、10人分用意しといて。あ、今の回、よかったと思う」
 サラッと言ったけど、最後の誉め言葉、聞き逃さなかった。

「えっ、ホントですか?」
 佐倉さんは私とは目を合わさずに、「圭君も、昔はあれぐらい熱心に教えてたのに」とボソッと言った。
 そうだった。佐倉さんは初期の頃に圭さんのワークショップに参加してから、ずーっと圭さんのサポートをしてきたんだ。だから、圭さんの変化も目の前で見て来たんだろうな。
 きっと、いろんな気持ちで圭さんのことを見て来たんだろう。
 失望とか、悲しみとか、苛立ちとか。
 それでも圭さんに寄り添い続けてるのは、やっぱりそれだけ圭さんを好きだから、なのかな。

 その日の夜、純子さんから「圭君が大変なことになってるみたい」と連絡が来た。
 ネットで炎上してるって言うから、ポイッターを見てみたら、圭さんの公式アカウントがすごいことになってた。

 公式では、「本日のホビーショーでの望月圭のワークショップを、本人急病のため、急遽代役にお願いすることになってしまい、申し訳ありませんでした。会場まで足を運んでいただいた皆様、大変ご迷惑をおかけしました。明日のワークショップは予定通り行いますので、参加する皆様、ぜひご来場ください」とコメントが載っている。佐倉さんが考えたんだろう。

 それに対して、「渡瀬みまと遊んでたんでしょ? サイテー」「仮病使うなんて子供かよ」「あんな匂わせ女の言いなりになってるなんて、ヤバくない?」ってコメントがたくさんついてる。

 匂わせ女???
 コメントを読むうちに、どうやら、渡瀬みまが自分のピンスタに投稿してる写真に、圭さんらしい人物が映ってるのだと分かった。
 渡瀬みまのピンスタを見てみる。
「今日は鎌倉まで来ちゃいました🎵 抹茶ソフトおいしすぎ。海きれいすぎ😊」
 浜辺で自撮りしているその後ろに、男性の後姿が小さく写ってる。
 拡大してみると、この髪型、このグリーンのシャツ、確かに圭さんっぽい。

 ピンスタでも大炎上してる。
「匂わせ女、キモすぎ」
「彼氏の仕事休ませて遊びに行くなんて、ヤバくね?」
「あんたに宣伝されて、抹茶ソフトもめっちゃ迷惑」
 攻撃的なコメントがズラズラついてる。渡瀬みまがしてる時計は圭さんがしてるのと同じだってコメントもあった。みんな、そんなとこまでよく見てるなあ。
 明日のワークショップ、どうなるんだろ。

 その日の夜遅く、明日のワークショップは中止になったって、佐倉さんから電話があった。声からして憔悴しきってる感じだ。
 ホビーショーの事務局にもクレームがいっぱい届いてるみたい。で、事務局から、「今回のワークショップは中止にしたい」と言われたんだって、疲れきった声で佐倉さんは言った。

「圭君と事務局はワークショップについて契約を結んでるのよね。これは契約違反だから損害賠償を請求するって言われちゃった」
「えっ、そ損害賠償!?」
「せっかく、毎年呼んでもらえてたのに。こんなことになったら来年は呼ばれないだろうし、大きな痛手になるだろうなあ」
 佐倉さんは何度も「はああ」とため息をつく。

「そういうわけで、明日は会場に来なくていいから。私は来ちゃった参加者に説明するために行くけど」
「そ、そうなんですか……大変ですね」
「あーあ、もう。フォローするのも限界があるんだよね。振り回されてばっかり」
 吐き捨てるように言って、佐倉さんは電話を切った。
 佐倉さん、秘書を辞めたりしないよね。佐倉さんがフォローしてくれるから、圭さんは自由に動けてるのに。

 圭さんと渡瀬みまの交際報道は週刊誌に載り、仮病を使ってワークショップを休んだことも報じられた。テレビのワイドショーで圭さんはコメンテーターたちから「無責任すぎる」「いい気になってる」って批判された。
 教育テレビのミニチュアの番組のレギュラーも降ろされたって、ネットニュースで知った。

 大変なことになった……。圭さんに何て言えばいいか分からなくて、「大丈夫ですか?」ってメッセージを送っても、既読になっても返事はなかった。
 私は心のどこかで、本当は、圭さんは体調が悪くて休んでたんだって、そうあってほしいって思ってた。でも、公式SNSでも、追加の発表はなく。。。あれは仮病だったなんて、信じられない。ってか、信じたくない。

 電話をかけるのはためらった。どんな言葉をかけても、嘘くさくなりそうで。
 それから、あちこちで決まってたワークショップが次々に中止になり、圭さんと会えない日が続いた。

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