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たまに短歌 一服

紀州4日目(最終日)は、午前中に勝浦駅と港の周辺を歩き、土産を買ったり軽く食事をした後、12時22分発の特急南紀で名古屋へ行く。当初は往復とも南紀を利用するつもりだったのだが、往路は指定席が満席で予約をすることができなかった。やむを得ず羽田から南紀白浜まで空路、南紀白浜から紀伊勝浦までリムジンバスで移動した。復路は指定券発売開始日に東京駅にあるJR東海の窓口まで脚を運ぶという万全の体制で切符を手配した。手配したものの、名古屋まで4時間近くかかることから、名古屋で下車してそのまま新幹線に乗り換えることに体力気力上の不安を覚え、新幹線の切符は当日買うことにした。復路の南紀は満席で、通路やデッキで立って過ごした人もいたようだ。特急列車とはいえ、2両編成なので客が多いというよりも座席数の限界が満席の理由のようだ。また、乗客も外国人観光客と思しき姿が目立った。なんだかんだあっても、国境を越えた人やモノの往来が国の経済を支えるという構造はこれからますます強くなるのだろう。

こちらに来てバスや宿の車で移動して思うのは、狭く曲がりくねった道ばかりであること、大型車両の通行量が多いこと、地元の人と思しき車の運転が優しいことだ。紀伊勝浦駅周辺をぶらぶら歩いていて、道端で立ち止まろうものなら、横断すると誤解されて停車してくれる車がいくらもある。せっかくなので、横断するつもりがなくても頭を下げて横断するのだが、大変気分が良い。ただ歩いていても、傍に軽自動車が停車して、車の窓越しに「観光ですか?」と声をかけられ、「はい」と答えたら、「そこの看板の先から那智の滝が見えますよ」と教えてくれる人までいる。そんなことが本当にあるんだと驚きを通り越して唖然とすることもあった。

ふと、以前ロンドンで暮らしていた時のことを思い出した。Charltonという地区に家を借りていたのだが、近所に数百メートル隔てて二つの大きなショッピングセンターがあった。片方の核テナントがASDAでもう片方はSainsbury'sだった。どちらにも広い平場の駐車場があり、私はいつもその駐車場を突っ切って店に買い物に出かけた。片方の駐車場では、ほとんどの場合、歩行者が駐車場内を突っ切る時に車が停車して歩行者を優先していたが、片方は逆だった。当時、イギリスにはMarks and Spencer、Waitrose & Partners、Sainsbury's、Tesco、ASDAといった全国区のスーパーがあったが、それらの間には格の違いのようなものがあるように見えた。自分の中では、Sainsbury's、Tesco、ASDAはほぼ同じものと認識していて、その時々の動線でそれぞれを利用していたのだが、駐車場での体験が偶然ではないとの認識に至るくらい経験を重ねた結果、商品の価格帯にわずかな差異しかなくとも、それ以外の諸々も含めたブランドの違いがあって、そこに民度というか人の集団の或る種の性質というか、まぁそういう人の違いがあるとの確信に至った。イギリスに限らず、階級社会の歴史の長い土地には似たようなところがあるのだろうし、そうでない土地にはその土地の文化のようなものに根差した人々の間で共有される意識があるのだろう。土地だけのことではなく、組織とか家庭とかいった単位でも似たようなことがあるのかもしれない。

特に温泉好きというわけではないのだが、こちらでは宿の大浴場を利用していた。紀伊勝浦駅周辺は外国人の姿が多いのだが、太地の宿の辺りは少ない。「鯨のまち」となると特に西洋のほうの人にはナンなのかもしれない。宿の泊まり客も外国人は皆無ではなかったが、少なくとも大浴場は毎晩貸切状態でゆっくりできた。

熊野来て三つの山々巡り終え
温泉浴びて安堵する我

わずか数日の滞在で不愉快な経験をする確率というのはかなり小さいとは思うが、熊野三山はどこもそれぞれに愉しむことができた。ありがたいことだと思う。

神の郷訪ね来てみよ熊野なる
古人いにしえびとの夢のまにま

前にも書いたが、旅行に出たときは自分宛に短歌を詠んだ葉書を出す。そういう相手がいればなお良いのかもしれないが、自分の性格からすれば、そういう相手がいればいたで面倒に感じるかもしれない。結局、ひとりで詠んで、それをひとりで読んで「むふふふふ」なんて思っているのがちょうどいい塩梅に楽しい。

旅の歌記す葉書を持参して
送る相手は友のいぬ我

ちなみに、葉書を投函してから調布の自宅に到着するまでの日数は以下の通りだ。ここに記した歌は手元の控えを元にしている。
10月2日 朝 くじらの博物館前 青いポスト 投函 →10月5日到着
10月3日 朝 那智駅前 黄色いポスト 投函 →10月6日到着
10月4日 朝 紀伊勝浦郵便局 局内ポスト 投函 →現時点で未着

普段は様々な国籍の人間が入り混じっている職場で仕事をしているので、あまり意識することはないのだが、それでも今回の旅行で外国人の多さに驚いた。観光を終えて駅前で午後5時発の宿の送迎バスを待つ間に、駅前の土産物店の店員からも「今日はあなたがたが2組目の日本人ですよ」と声をかけられたりもした。宿泊していた太地町は65歳以上の人口が45%を占めているらしい。那智勝浦町も似たようなものだろう。他所の土地からの人が増えると、マナーがどうこうとか、文化がどうこうとか、いろいろ話題になるが、土地の人々の暮らしが他所の人々との交流抜きには成り立たなくなっているのは現実だ。その現実に基づいて物事を考えないことには未来がない。旅行者の目というのは大概無責任で無理解ではあるが、たとえ誤解であっても無理解や無認識よりは希望があるのではないか。少なくとも理解しようという意思がなければ誤解すらできないのだから。

寂れゆく土地の支えは外国とつくに
人の目に見る誤解曲解

帰りに名古屋駅の地下で味噌煮込みうどんを食べてから、新幹線で東京へ帰った。最後に今回の旅程を簡単にまとめておく(記録が明確なもののみ)。

10月1日日曜日
06:10 新宿バスタ 発 リムジンバス 羽田空港 行き
07:30 東京 発 JAL213 南紀白浜 行き
09:30 南紀白浜空港 発 リムジンバス 新宮駅 行き
12:31 くじら家 支払い 食事代
13:57 太地町立くじらの博物館 支払い 入場料
10月2日月曜日
09:10 太地の宿 発 宿の送迎バス
09:45 紀伊勝浦駅 発 系統番号31路線バス 那智山 行き
    (飛瀧神社)
11:42 和か屋本店 支払い 軽食代
    (那智大社・那智山青岸渡寺) 
14:22 那智山 発 系統番号31路線バス 紀伊勝浦駅 行き
    (補陀洛山寺・熊野三所大神社)
17:00 紀伊勝浦駅 発 宿の送迎バス
10月3日火曜日
09:10 太地の宿 発 宿の送迎バス
09:29 那智勝浦レンタカー営業所 発
11:53 cafe alma 那智本宮大社店 支払い 喫茶代
16:19 那智勝浦レンタカー営業所 着
17:00 紀伊勝浦駅 発 宿の送迎バス
10月4日水曜日
08:56 太地の宿 支払い 宿泊費
09:10 太地の宿 発 宿の送迎バス
11:30 勝浦漁港 にぎわい市場 支払い 食事代
12:22 紀伊勝浦 発 特急南紀6号 名古屋 行き
16:57 山本屋本店 エスカ地下街店 支払い 食事代
17:31 名古屋 発 ひかり658号 東京 行き

注:上記「支払い」とあるのは領収書に刻印されている時刻に対応している。

2023年10月4日12:22 紀伊勝浦発 特急南紀6号 名古屋行き

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