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序章 ハミルちゃん、チュンセ童子とポウセ童子に出会う。

「宇宙人なんていないよ! リアジューだったら宇宙人なんて信じちゃダメっ! パパがそー言ってたもん!」

 ハミルちゃんが元気な声でdisりました。……でもハミルちゃんはまだ小さいから、disるの意味がわかってないかもしれません。リア充という言葉をやっと覚えたばかりですからね。新しい言葉を覚えると、ちょっぴり大人になった気分になりますよね。
 ここは、渋谷の松濤と呼ばれる街にある、森のように大きな公園です。この森の中で、ちょっぴり大人気分なJS(女子小学生)のハミルちゃんと、ドイツから訪れた二人のお友達、チュンセと呼ばれる男の子と、ポウセと呼ばれる女の子が、ロールプレイング・ゲームのように向かいあっていたのです。

「……でもね、ハミルちゃん。君が認められなくても、僕と妹が宇宙人だという設定は、もう、変えることができないんだよ……」
「そうよ。わたしとお兄ちゃんは、双子のお星さまの生まれ変わりなの☆」

 異国から訪れた二人のお友達が、異論を挟みました。話を聞く限りだと、二人は双子の兄妹みたいですね。兄と妹はお揃いの金色に輝く髪をさらさらと揺らしています。お揃いの透き通った青い瞳で見つめています。やっぱり双子ですね。こんなお人形さんみたいな双子が「私たちは宇宙人です」と声を揃えて訴えてきたら、あまりにもファンタジックなので、ぴょんぴょん飛びはねてアガっちゃいますよね。……だけど、リア充に憧れているハミルちゃんは、アガるよりもアジることを先に覚えてしまったようです。元気な声で逆張りしてしまいました。

「ウッソだー! コドモはウソついちゃいけないってママが言ってたよ! コドモらしくアイソヨクしよーよ! ……どーして変なこと言うのかな?」

 ここは、都会のど真ん中にある公園なのに、とても静かな所です。車の走る音も、デジタル・サイネージに連動した音声広告も、聞こえてきません。その代わりに、鳥の鳴き声が聞こえてきます。物静かな公園でリラックスしながら、ハミルちゃんのママが、松濤に住むドイツ人のママ友と一緒にお喋りしています。それはまるで、日本語とドイツ語でフリースタイルのラップをしているかのようです。神様が、鳥の鳴き声とママたちのラップを、アンビエント・リミックスしていきます。
 大人たちの周りで子供たちが、付かず離れず、阿吽(あうん)の呼吸で遊んでいます。ライ麦畑のキャッチャーは不必要になりました。ドイツ人の子供たちが上手な日本語で仮面ライダーごっこをしています。パパやママが子供の頃に見たのは「昭和ライダー」と呼ばれていて、今の子供たちは「平成ライダー」と呼ばれるものがお気に入りです。昭和ライダーは、敵が鷲の紋章をしていて、戦闘員は右手を高く挙げて「ハイル」の代わりに「イー」と叫びながら敬礼して、「バラカシン・イーノデヴィッチ・ゾル」を名乗るWW2の枢軸国の退役軍人が登場します。これらの理由で、ドイツ人の子供たちは昭和ライダーをテーマにしたごっこ遊びができません。もし、そんなことをしたら、サイモン・ヴィーゼンタール・センターという所から怒られちゃいますからね。
 ドイツ人の子供たちが安心して平成ライダーを選ぶのは、「クール・ジャパン」と呼ばれる概念に基づいているからです。それは今では死語になっていますが、「言葉の意味は死んでいても、とにかくすごい自信だ」という気持ちだけが根強く残っています。それは、西洋文化と東洋文化を大胆に混ぜあわせています。思わず、玉石混淆(ぎょくせきこんこう)と言ってしまいます。そもそも、西洋と東洋と分けるのがおかしいのです。多様性こそがクール・ジャパンの本質なのです。……発端は、昭和ライダーとは違うヒーローの造形から始まりました。それは、蒸着と呼ばれるメッキ加工技術を駆使して作り上げた、メタリックな質感の特撮用ボディ・スーツを完成させたのです。新技術で作られたスーツを着た新ヒーローは、フランスの俳優「ジャン・ギャバン」の名称が引用されました。更にこの新技術スーツのデザインは、「ロボコップ」と呼ばれるハリウッド映画に引用されていったのです。これらのポジティブな連鎖が平成ライダーに受け継がれていき、昭和ライダーに染み着いたポリティカル・インコレクトな欠点は拭い去されたのです。また平成ライダーでは多くの新人俳優が活躍しました。撮影後も彼らは、「サギング・ファッション」と呼ばれる服装を先取りしたり、平成ライダーに出演したにも関らず、真逆の昭和文化の造詣を深めていったり、小説を執筆して二千万円の賞金を得たりしました。彼らはもう、仮面ライダーに変身する必要はありません。平成ライダーに出演したという経歴が、アメリカン・ドリームに匹敵するジャパニーズ・ドリームを生み出していったのです。

 ――そういうことは、気にしなくてもいいことなんだよ――。

 みんなと同じドイツ人の子供だけど、少しだけ違う宇宙人の兄妹が、笑いました。みんなと少しだけ違う行為を、二人は行いました。ハミルちゃんは、びっくりしました。本当は短い時間に起きたことだけど、なんだかとても長い時間、無視されたような気がしました。「……こーいうのが、ハブるってことなの?」と思いました。わたしは正しいことを言ったのに、わたしの言葉に答えないで笑っている兄妹に対して、変な気持ちになりました。急に寒くなって、ぶるぶる震えてきました。「……どーしよう? ……泣いちゃおうかな? いや、わたしはもう赤ちゃんじゃないから、がんばって『リアジュー!』と大声出さなきゃ! ……でも……」 そうしたら、絶妙のタイミングで、宇宙人のお兄ちゃんが声をかけてくれたのです。

「……ねえ、ハミルちゃん。小さい頃、おばあちゃんと一緒に行った、近所の大学にある三四郎池のこと、覚えているかな?」

 ハミルちゃんはまた、びっくりしました。なんで知ってるの? という気持ちもあったのですが、ちょっぴり成長して大人の世界に憧れているハミルちゃんにとって、三四郎池は忘れられた存在になっていたのです。……ちょっぴり恥ずかしくなって、でも、この気持ちを隠したいから、ハミルちゃんは宇宙人に向かって、このような返事をしてしまいました。

「……三四郎池……きたないんだもん。もういきたくないよ!」

 宇宙人のお兄ちゃんは、変わらずに、不敵な笑みでポーズを取っています。……だけど宇宙人の妹は、シリアスな演技に疲れてしまったのか、ほんの少しだけ素の状態に戻ってしまったのです。彼女の瞳の中に哀しい色が浮かんできました。……そんなことが起こっているなんて、ハミルちゃんは気づく余裕すらありません。今の彼女は、繊細な女の子でいることよりも自己中心的な女の子になることを選んでしまったのです。娘は母の真似をして、ラップでボースティングすることに初挑戦しました。

「わたしはねー、はやくオトナになりたい。クールなオトナになりたいな。パパみたいなロン毛のイケメン男子と結こんしたい。ママみたいにオトナになってもピアノをひきたい。いそがしくてもメイクは忘れず、インターネットをいっぱいやって、スマホを使って外でもおうちでもはたらいて、あとね英語もしゃべって、グローバルに活やくするんだー」

 ……わたしのボースティング、うまくいったかな? ちょっとだけ甘えん坊の顔になってハミルちゃんはお友達の顔色を伺ったのですが、それはちょっとどころではなくて、めちゃくちゃ甘い結果になってしまいました! ……宇宙人のお兄ちゃんも妹も二人とも、瞳の中が哀しい色で溢れかえっていたのです……。

「……ねえ、ハミルちゃん……」
 宇宙人のお兄ちゃんが話しかけました。

「……なあに?」
 脊髄反射で返事したハミルちゃんでしたが、
 ――ドン!
 ……突然、突き飛ばされてしまいました!
 宇宙人のお兄ちゃんの両手が、ハミルちゃんに向かって、真っ直ぐ伸ばされています。ハミルちゃんの身体が、真っ直ぐ伸ばされた両手が指している方向にスライドしていきます。ハミルちゃんの最初の立ち位置は、公園の中央に位置する大きな池の、その周りを囲むセーフティ・フェンスに寄っかかっていました。力強く身体を押されたことで、ハミルちゃんの次の立ち位置は、フェンスに背中がぶつかって、それが支点になってぐるりと回転して、そのままフェンスの向こう側にある池を目がけて落ちていったのです。

「……いやあ!!」

 ――怖い!
 ――すっごく怖い! 
 ――こんな気持ち、初めて!
 ――よくわかんない!
 ……頭の中が真っ白に染まっていきます。
 ――このあと、わたし、どーなるの?
 ……ほんのわずかな時間だけど、ハミルちゃんの頭の中は、おもちゃのメリーゴーランドのようにぐるぐると回っていって、そしてハミルちゃんは……、

 ……ゆっくりと立ち上がりました。やわらかい土を踏みながら……。

 風が冷たくなっています。鳥の鳴き声だけが、以前と同じように聞こえてきます。都会の騒音は、やはりここには届かないようです。ハミルちゃんは、怖くて閉じていた目を、ゆっくりと開けていきました。……少しだけ、変わったような気がしました。そこには、松濤の公園にいた時と同じように、大きな池があって、地面は草に覆われていて、森のように沢山の木々が立っていて、何も変わってないように思われたのですが……ママがいなくなりました。宇宙人の兄妹も他のドイツ人のお友達もいなくなりました。遊んでいる人は、誰一人として、そこには存在していません。木々の隙間から見えていた灰色の建物も、木々に共生していた異質な電信柱も、姿を消しました。そこは、森のような公園でなく、本物の森の空間を形作っていたのです。……神様は、アンビエント・リミックスの啓示を止めてしまったようです。森の奥にある社(やしろ)に帰られたのでしょう。神様がいじらなくなった森は、元々備わっている自然のノイズを解き放ったせいか、物々しい静けさに包まれていました。
 ハミルちゃんはまた、怖くなってきました。また、目を閉じようと思いました。……でも、嫌なことから目を背けても、ママがいなくなった現実は元には戻りません。ハミルちゃんは、自分が赤ちゃんだった頃を思い出して、ママを求めました。ママに甘くたくなりました。大きな声で「ママー!」と叫びたくなってきました。
 ……突然、不安に怯える心の中に、やわらかい指がそっと撫でていきました。鬱蒼とした森の中に、凛とした光が射し込みました。
 池のほとりに誰かが座っています。誰もいないと思っていたのに、一人だけ、確かにそこに存在したのです。それは、ハミルちゃんと同じ歳くらいの女の子でした。……思わず、ハミルちゃんは駆け出しました! ママの代わりに、そこに存在するたった一人の女の子を、無意識のうちに求めたくなったのです! その子のそばにいないと、自分が泣き出しそうになることを、無意識のうちに自覚していたのです!
 女の子が振り向きました。猪のように突っ込んでくるハミルちゃんの姿に、女の子は最初は驚いた表情を見せましたが、すぐに顔をほころばせました。微笑みが暴走を止めました。そして女の子は微笑みながら、ハミルちゃんに向かって、きちんと挨拶したのです。

「こんにちは。あなた、お名前は?」

 ……いきなり、名前を聞かれてしまいました。知らない人に声をかけられても黙っているように教えられたハミルちゃんは、いきなり、やってはいけないことを求められてしまったので、びっくりしました。いつもなら大人ぶったふりをして、いけないことに対して、正直に「いけないんだよ」と言うのですが、今は、その子とお話しないと泣き出しそうになる気持ちに向き合わなければいけません。一瞬でハミルちゃんは考えて、いつものルールを破り、正直に「いいよ」と言うことを決めました。

「わたし、オオタ・ハミル!」
 ……自分の名前を教えたら、少しだけ裸になった気分です。
 ……おや? あの子が、裸のわたしに反応したようです。
「オオタなんだ? わたしもオオタだよ。わたしはオオタ・ヒミコです。よろしくね!」
 ……それは、ささやかなきっかけになりました。
「オオタ・ヒミコって、わたしのおばあちゃんと同じ名前だぁ……」
 ……思わず、ボケをかましたハミルちゃんでしたが、
「そうなんだ? じゃあ、わたしはあなたのおばあちゃんね☆ 不思議だね♪」
 ……ヒミコちゃんは微笑んでくれました。不思議ちゃんと呼ばれる女の子の微笑みには、言葉に言い表すことができないほどの不思議さが籠められています。ハミルちゃんは、ヒミコちゃんの不思議な魅力に惹かれていきました。

 二人は池のほとりに座ってお喋りを始めました。ここはもう、都会から完全に離れてしまった異世界のような森の中だから、静けさの度合いが、通常では計り知れないほどに深まっています。文明の利器が利便さの代償として撒き散らした騒音は、今となっては遠い過去の思い出です。鳥の鳴き声だけが、永遠という名のメタファーを演じながら、その存在感を森の隅々にまで響き渡らせています。神聖な森の中に溶け込みながら、ハミルちゃんとヒミコちゃんはお喋りを続けていきます。それはまるで、言葉を覚えたばかりの子供たちが、「初めに言葉があった。言葉は神と共にあり、言葉は神であった」を独学している趣がありました。
 ……神様が久しぶりに御姿を現されました。それは全身が漆黒の肌で覆われていて、顔だけが失われている状態で描かれています。かつて湯屋に赴いて暴飲暴食を嗜まわれたという噂も伺っています。もしくは「アカシシ」と呼ばれる動物の化身であったことも存じています。夜になると全身が膨れあがり、「デイダラボッチ」と呼ばれる異形体に完全変態を成し遂げていた噂も、今では後世に残る伝説になっています。……そんなワイルドな神様が、人間の知覚可能な低レベルの状態で、啓示を済ませようとしています。アンビエント・リミックスの啓示は忘れられたようです。荒い鼻息が聞こえてきます。涎が垂れて大地に当たり、ぴちゃっと弾ける音が聞こえてきます。神様は、二人の女の子を睨みつけながら、「ペドフィリア」と呼ばれる性癖に似た思念を放っていきます。
 それでも二人は、スケープ・ゴートになることを拒みました。「初めに言葉があった。言葉は神と共にあり、言葉は神であった」 前述を発話する行為を、お互いの心の中で、無意識のうちに繰り返しました。言葉を覚えたばかりの人間が、言葉を自分の力だけで解読して独学を重ねることで、拡張された認知領域内に神の概念を改めて読み込んでみる。そうすることによって、二人は、神の畏怖に囚われない大人に成長するでしょう。……幼年期の終わりを迎えた二人の中で、不思議ちゃんと呼ばれていたヒミコちゃんが、先陣を切りました。

「……ねえ、ハミルちゃんは綺麗な服を着ているね? 今、戦争中なのに、どうしてそんな服を持っているの?」

「寝耳に水」という慣用句の意味を、ハミルちゃんは生まれて初めて知りました。びっくりした表情のままで、国会議事堂前のデモに初めて連れていってもらったことを思い出して、ヒップホップのコール・アンド・レスポンスの返事に初挑戦しました。

「えー! 今、日本って戦争してないじゃん! 戦争しちゃいけないことになってるんじゃないの?」

 同時代の出版物にも関わらず、「蟹工船」と呼ばれる小説の存在を、ヒミコちゃんは知りませんでした。言論統制の怖さを体験してきた彼女は、背後に隠された匂いを直感で感じても、子供らしく演じることを義務づけられていたのです。

「ハミルちゃん、シッ! 大きな声でそんなことを言っちゃ駄目だよ! 大人に聞こえたら大変なことになるよ!」

「……だって……」という台詞をコール・アンド・レスポンスしそうになったハミルちゃんでしたが……今度は口を閉ざしました。ヒミコちゃんの着ている服に、「もんぺ」と呼ばれるボトムスが混じっていることに気づいたからです。ハミルちゃんは、自分の胸の中がドキドキしていることにも気づきました。ヒミコちゃんも、ハミルちゃんが気づいたのと同じ秘密を、直感で感じ取りました。

 ――二人は同じ場所に存在して、二人とも同じ年頃の少女のはずなのに、二人の距離を引き離してしまう時空の大きなずれが、異世界のような森の中に隠されている――。

 ヒミコちゃんの瞳の中が、一点の曇りのない澄みきった色に染まっていきます。おばあちゃんと同じ名前をした少女は、これから背負うであろう半世紀分の重みを心の中に予知しながら、覚悟を決めた表情で話し始めました。

「……わたしね、この村の生まれなんだけど、家族と一緒に東京に出てたんだ。お父さんが家の跡取りになれるのを、貧乏だったから、東京で一旗上げる決意をしたんだ。わたしも協力したよ。本当は遊びたかったけど、家が大変なんだから、家族みんなでがんばらないとね。そうしたら……戦争が始まった。最初はわたし、戦争って、よくわからなかった。……でもね、飛行機が爆弾を落としに来るんだ。家が壊されて火事になって死ぬ人がいっぱい出た。食べるものも着るものも制限されて、もっと貧乏になった。東京にいたら本当に死んじゃうから、この村に疎開したんだ。でもね、お父さんは跡取りを蹴って東京に出た身だから、今は本家になった叔父さんを尊重して、わたしたち家族は離れの土間を借りて暮らしてるんだ。部屋の中、土臭くて汚いんだ。東京の頃と全然違う暮らしだから、もう大変だよ……」

 ハミルちゃんは、ヒミコちゃんの話を真剣に聞いていたら、さっきまで泣き出しそうな気持ちになっていたことを思い出してしまいました。

「……あっ! ごめんね、ハミルちゃん! わたし、愚痴をこぼしたね。駄目だなぁ、わたしって。戦争が終わるまでの我慢だって、お父さんが言ってたからね。……あのね、ハミルちゃん。チュンセ童子とポウセ童子が出てくる『双子の星』というお話、知ってる? わたし、大好きなんだ、あのお話☆」

 泣くのを我慢していたハミルちゃんは、ヒミコちゃんが気づかって話題を変えてくれたことに気づきました。「双子」という言葉を聞いて、胸がドキッとしました。金髪碧眼の宇宙人の兄妹のことを思い出しました。

「このお話を書いた人は、夜空のお星様を、童子や烏や蠍の姿に想像したんだ。わたしは、それって、とても素敵なことだと思う。今、戦争をしていて、遊ぶこともできなくて、綺麗な服も美味しい食べものも何もないけど、素敵な夢は忘れたくないんだ。夢は疲れを癒してくれるからね。……ねえ、ハミルちゃん。今から言うことは誰にも言わないでね。……もし戦争が終わったら、わたし、大きくなったら、アメリカの人たちと一緒に働きたい夢があるんだ。敵だからと言って、無闇に否定したくない。自分たちの知らない長所があるかもしれない。わたしは、それを知りたいんだ。それに、男の人に負けないように、女も社会に出ていきたいしね。……誰にも言っちゃ駄目だよ! 二人だけの秘密だよ!」

 ヒミコちゃんは、はにかみながら、しっかりと言い切りました。ハミルちゃんは微笑みました。やっと素直に笑うことができたなとハミルちゃんは思いました。やさしい気持ちになっていました。

「うん! 二人だけのヒミツね! わたしもオトナになったら、グローバ……じゃなくて、セカイを飛びまわって仕事したいんだ。ヒミコちゃんと同じだね☆ これもヒミツだよ♪」

「うん、秘密ね☆ ……わたしさぁ、結婚して子供が生まれたら、その子が女の子だったら、目の前にある池のような所に連れていってあげたいなぁ。池のほとりに咲いている花の名前を教えてあげたい。女の子にとって、そういうのって宝物になるしね♪」

(おばあちゃん。それってもう、ハミルにしてあげているよ。三四郎池のほとり、でね)

「……えっ? ハミルちゃん、なんか言った?」

「なんでもないよ、ヒトリゴトだから気にしないで!」

 そして二人は、楽しそうに笑いました。楽しくて楽しくて、とてもたまらない気持ちが、ハミルちゃんの心の中で飛びはねていました。(気持ちいいなぁ。いつまでも、このままでいたいなぁ) ……それがハミルちゃんの正直な気持ちだったのですが、残念ながら、耳の端っこのほうでささやいてる声に、ハミルちゃんは気を取られてしまったのです。

「ハミル、起きなさい! そんな所で寝てたら駄目でしょう!」

 ママの声が、ハミルちゃんの頭をごつんと叩きました。松濤の公園の真ん中にある、池のほとりの草むらから、ハミルちゃんはゆっくりと起き上がりました。

「……あれぇ? ヒミコちゃんは?」

「なーに寝ぼけてんのよー。あんた、小学校四年生にもなるのに、公園で昼寝しちゃうなんて……まったく、誰に似たのかしら?」

 ぶつぶつ言いながら、ママはきびすを返して、公園をあとにしようとします。置いていかれないようにハミルちゃんは、ぴょんと飛び起きて、ママの背中を追いかけます。

「ねーねー、ママ。おばあちゃんって戦争のあと、アメリカの兵隊さんの秘書の仕事、してたんだよね?」

「あら? なんで知ってるの、そんなこと?」

(ヒミコちゃん、夢をかなえたんだね☆)

 ハミルちゃんは空を見上げました。オレンジ色に染まった空に、ひとつ、そしてふたつ、双子のように並んでいる星があるのを、ハミルちゃんは見つけました。

「ねーねー、ママ。宇宙人ってホントはいるんだよ☆」

 ハミルちゃんは、はしゃぎながらそう言ったあとで、ママに抱きつきました。

 ――今日のことは、絶対に忘れないでいよう――。

 心にそう誓う、ハミルちゃんでした。


(第二章につづく)