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言葉を拓き物語を紡ぐ。 ハルキ・ワールドをめぐる冒険

「ヒロシマ行くんだけど,どこかオススメありますか?」
「そうねぇ。広島焼とレモンと,ここはどう?映画のロケ地にもなった場所でね」と
ゴミ焼却場(Hiroshima City Naka Incineration Plant)をググって写真をみせると,彼は青い瞳を輝かせた。
「OMG‼︎ドライビング・マイ・カー!! エイガ見ました。ショウセツ読みました。」

その男性は,イタリアのハルキニストだった。


ウチが村上春樹を初めて知ったのは,『風の歌を聴け』からはじまる初期三部作だ。当時は多感な十代で,なじみある阪神間の地形と,ビールばかり飲んでいる若者と鼠と羊男と双子の女の子と,けっこうクセ強めな登場人物達に加え,洒落た洋楽のうんちくに惹かれた。

一世を風靡した『ノルウェイの森』のあと,しばらく子育てで村上春樹熱は冷めたが『IQ69』で再沼り,毎回新作を楽しみに待つ1ファンである。

今秋の旅では「村上春樹ライブラリー」にふらり立ち寄って来た。

早稲田大学国際文学館

隅研吾 設計ファサード

まず二階から

曲木のトンネルをくぐると春樹ワールド
チェコの翻訳家・作家
  • 吹き抜けの木の階段
    左右の書架におさめられた,世界各地の村上春樹本
    隅健吾の木が交わる建築好きには特別な空間,ここに立てるだけで嬉しい

  • 階上のオーディオ・ライブラリー
    大好きな中井貴一の音読で『猫を棄てる』に聞き惚れ,少年期の村上君を想像しつつ,ひたる。 読破『職業としての小説家』

  • 特設展:アフター村上・新時代の作家たち
    各言語の翻訳者にふれる。
    くだんのイタリア男性はイタリア語で読んだのか,それとも英語で読んだのか聞いてみたかったな。

一階に降りてみると

著作年譜 これまでの全作品を、ふかんで

前半の一部

Jazzにまつわる和田誠との軽妙コラムはじめ,安西水丸との「村上朝日堂」,アメリカ翻訳小説など蔵書類に,図書館好きのみなさんなら,おおおっ!と胸おどらせるに違いない。

すいませーん,寝袋持ってきてここに数日とまってもよろしいでしょうか
 (心の声)

orange cat ライブやイベント情報はこちらにて


地下の橙子猫/オレンジキャットは,むかし村上さんが営んでいたジャズ喫茶店と飼い猫から名づけられたカフェ。ドリップ珈琲とドーナツをいただく。村上さんは関西出身だったにもかかわらず,ミスド派じゃなくダンキン派かしら。野球も阪神ファンではなくヤクルトファンだし(笑)。空気に流されず我が道を行くところが村上さんらしい、と勝手に想像する。

ハルキ・ワールドをからだいっぱい吸いこんで堪能し、午後からは東京国際映画祭へ。

東京国際映画祭

  • ジャパン・プレミア上映「ポトフ 美食家と料理人」は素晴らしかった上に,ティーチインでトラン・タン・ユアン監督に質問に応じてもらえ,夢見心地だった。

    そして,腹こなしに『ティムホーワン(添好運)』で飲茶を食べている最中,サントリー山崎醸造所の12月見学ツアーの通知。2023年で100年を迎えるウィスキー山崎醸造所はリニューアルを終え,新お目見えツアーの申込は募集と同時に瞬殺されるチケットなのだ。前月は複数名で申込したがすべて落選。落胆し今度こそと申込んだ日程が無事当選したらしい。ツイてるぞ!ウチ


続いて,ワールド・プレミアの『ラ・ルナ』を観る。上映後またしても監督に質問に答えてもらえた。トリプルラッキーな夜。


(心の声)もう、今日1日で今年の幸せぜんぶ使いきったわ。
思い残すことあれへん。いま世界一幸せ者。
少女漫画なら勝ち誇った笑顔で瞳にスターが飛んでるはず。
インド映画ならスローモーションで美オーラをキラキラさせてるところ。

そうして夜も更け,日比谷から移動しビジネスホテルにチェックインしようとすると.…






なんと,エレベーターが故障していた。深夜零時すぎ,フロント係員はこれから修理人を呼ぶところだという。
ウチの部屋は7階,ひょえー!!!


やれやれ。
途中に見つけた「ジェイズ・バー」に立ち寄るしかウチにはできない。

”なにか困ったことがあればいつでも迎え入れてほしいんだ” 
『風の歌を聴け』の僕はそうジェイに伝えていた。

赤坂のジェイズ・バー


ジェイズ・バーに鼠は来てなかったが,カウンターのマスターはあたたかく迎えてくれた。幸せとは同時多発的におこることではなく,個人にほんのちょっぴり寄り添ってくれるもの。欲張りすぎてはどこかに消え去ってしまうのだ。どうか行かないでいて。

世界ーーそのことばはいつも僕に象と亀が懸命に支えている巨大な円板を思い出させた。象は亀の役割を理解できず、亀は象の役割を理解できず、そしてどちらもが世界というものを理解できていないのだ。

羊をめぐる冒険

最後に。たったの一日が長く深く趣ある24時間だった。
要するに世界は複雑で,ハルキ・ワールドの内でも外でも,幸せと不幸せ(ウレシイこととシンドイこと)は順繰りにめぐってくるのだという象徴的な旅だった。

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