とにかく時間がもったいない 時間は有限だから。

えっとまず、人生の折り返しをとうにすぎて、とにかく時間がもったいないと思っています(前提)

人生で一番大事なのは時間と健康の2トップ。
お金なぞは相対的に、これら2つに比べたらまったくもって重要度が下がります。

さて、時間がもったいない(からどうするか)を細分化していくと

まずアラフィフの重要なファクターとして、健康と密接に絡むのですが
若い時分(30代~40代半ば)よりも睡眠時間を確保しなければならないという。。

抗うことのできない現実があらわれます。
ますます、時間がもったいないのに、昔よりも1時間や2時間、睡眠を確保しなければならない。

これは、たいへんです。はっきりいって。
ざっくりいえば、2時間睡眠確保するために3時間ムダを削らないといけない。(1時間の有益な時間を創出)

ここで捻出した1時間は、これから円熟期を迎えるにあたり、自分が「熱中すること」に充てなければなりません。
という意味では、実は1時間では足りないかもしれない。
1.5時間*7 = 約10時間(週に)は必要。

どうすりゃいいの?っていう話です。

考え方として重要なのは「手放す」ことです。

仕事も、後進に対して手放す。
家のことも、家族に対して手放す。

ただし、手放して品質を下げてはダメで、たとえば仕事を手放して労働時間を減らしても、収入は最低でも今までの水準をキープしなければなりません。

もうひとつ重要なのは、あまりに自明なのですが
ながらスマホやながらネットサーフィンをしないこと。
もう、いいオトナだと思うのですが…SNS上で「時間がない」とつぶやいている人は、即座にその行為(SNS上での投稿)をやめればいいだけの話なんですけどね。

もっと俯瞰していえば、すべてにいえることですが

●物事の優先度の再構築

をしなければいけないということです。
時間が欲しい、でもスマホはやめられない(自分にとって重要度が高い)という人は

・今自分はダイエット中。でもたまにはいっか(と、1週間に一度以上のペースでがつがつ食べる)
・今年からジムでトレーニングすると決めた。でも今日は仕事疲れたからいかない

といってる人と同じ位相です。
というか、ほとんど重なるのではないでしょうか。


おっと、まだ脱線しそうになってしまいました。

今日は時間にフォーカスした話です。

時間をムダにしない、というのは非常に直接的なので、ある意味わかりやすいのですが、

たとえば時間を確保したとしても、せっかくのその貴重な時間を
・体調が悪い
・機嫌が悪い

等の理由でツブしてしまうことがよくありますね。

つまり、質です。
ただ単に時間というレンジを確保するだけではダメで、下準備?的な行為が必要なんです。

これも、かなりレベルの高い話なんですよね。

睡眠も同じことがいえるのですが、7時間なら7時間、ただ時間を確保するだけではだめで、
環境を快適にしなければなりませんし、入眠までのプロセスの質も、常にルーティン化することで高く保っておかなければなりません。

たとえば寝る直前に食べ過ぎないとか、刺激的な映像をみないとか…
そういう心がけが必要。

極論すれば入眠するまでの質が高ければ睡眠時間は6時間でよい。
(入眠までがずさんで、7時間浅い睡眠をとるよりも)

それと同じで、いわゆる「自分の時間」は、もし心が快適な状態なのであれば20分でも30分でもOK。
誰か嫌な人のことを思い浮かべて1時間、いらいらしながら自分のやりたいことをするより何倍もいいんです。


と、いうことは(けっこう強引に結論に近づけていきますが…)

我々現代人は、常に、不快な感情を発生させないよう、予防措置をしていく必要があるということです。
いっかい軽くキレてしまったら、その後の数時間、いや半日、いや1日、ムダにします。

これは、おそろしいことです。
朝必ず夫婦喧嘩をしている人は、もうすでに一生分ムダにしてるかもしれませんよね。

あるいは(これは炎上ネタなのであまり大きな声ではいえませんが)
毎朝平日1時間以上超満員電車に揺られ、毎日その密室内で不快な出来事に遭遇している場合(そして帰宅時も)
高い確率で、その日1日をムダにしている「可能性が極めて高い」のです。

ということは極論すれば自ら一生を棒に振ってるわけです。
(帰宅時の電車内で不快な出来事に遭遇すれば、それはたぶん睡眠の質にも影響してくるでしょう)

我々は、自分の中で不快な感情を発生させないよう常に気にかけている必要があります。
そのためのひとつのアプローチは、それが発生するだろうと予見される場所に近づかないこと。
(ただし、その不快以上の快が見込まれる場合はその限りではない)

もうひとつは、自制する訓練をすることです。不快を不快と感じないような。
自制のひとつの例(簡単な例)は、たとえば頑なに電車内ではヘッドホンをし、誰とも目を合わせずうつむいて不快な感情を発生させないとか
そういうことです。


最後に、予防するためのtipsを記しておきます。
高い確率で一般的な現代人のオトナが不快に感じる場所、あるいはシチュエーションはどこか?

それはまず、「行列」ですよね。
人は自尊心ゆえに待たされるとすぐ不快になります。
ただし前述したように、行列で不快感を感じた代償としてそれ以上の快が待っている「ことが確実な場合」は別です。

初めて行列する飲食店はかなりリスキーですよね。評判は良いけれども、おいしいかどうか自分の舌で確かめたことがないのですから。
2回目以降でもリスクはゼロではありません。たとえば、DQN店員の注文間違いや、混んでいて出てくるのが遅い、隣の客の会話が大きすぎて下品でイラつく、等…

飲食店は常にリスクだらけです。
そして、そのリスクを帳消しにするぐらいの美味しい食事やホスピタリティを提供するお店は、ほぼ皆無といってよいでしょう。
(一般的な価格帯では)

コンビニでもスーパーでも待たされると不快になりますね。
そういえば、待たされるの代表は「渋滞」ですね。

とにかく、そういうところに近づかないこと。
そのためには周りに流されず、強いmyルール設定を持つ必要があります。


次に、不快感を誘発するのはお金です。
具体的にいうとそれなりの高い金を払ったのに望むサービスを受けられなかったとき。

前述した行列とも絡む話で…
行列して、かつそれなりの金を払うとなるとリスクの二乗です。
たとえどんなにおいしい料理が出てこようとも、9割ぐらいの確率で不快感マシマシで帰宅することになります。

話のレベルは違いますが、数千万の家を建てて、それが傾いてることがわかったら、一生不快ですよねたぶん。
でも、それが人から無料で譲り受けた家だったら、ダメージは一過性になります。

つまり、大金をつぎ込めばつぎ込むほど、それが水泡に帰したときの不快感ははかりしれないということです。

ですのであまりにあたりまえなんですけど、とにかく大金をまとめて支払うシチュエーションは人生におけて遠ざけること。

たとえばすき屋で牛丼食べててDQNな客が入ってきたり、もしくは騒いでいたとしても、不快感は一瞬で、そしてすぐ消えます。
なぜなら、400円かそこらしか払ってないからです。「まいっか」なんです。
10分未満でその場所から退散すればいいだけの話なので、ノーリスクです。
400円で実益は得れるので(牛丼を腹に詰め込むという)もとはとっているということで店を出た瞬間に不快感とおさらばできます。

とにかく、お金の恨みは深いのです。

人生において大金を払うシチュエーションは不可避なので、その場合は死ぬ気で準備して、吟味して、準備した結果としてもしリスクをつかまされてもしょうがない、と思えるまで準備する必要があります。

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