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つらたんな君と私と守りたい僕

つらいつらいつらいつらいつらいつらいつらい


つらたん


「つらたん」とは
内科医の國松淳和先生がヤンデル先生とオンライン上でコロナの事についてお話しされている時に、私が初めて耳にしたことば。
意味は「辛い」ということ。
10〜20代の若者を中心とした人たちがネットスラングとして少し前に使い始めたとの事。

何はともあれ今は「つらたん」である。


娘が泣いている。


理由はなかなか話してくれない。

先々週、学校で泣いてしまい、保健室で2時間位過ごしていたと、担任の先生から電話があった。「自分で解決しますと言って、何に悩んでいるのかは話してくれませんでした。ご家庭で何かありましたら、また教えて下さい」

私は当然その事が気になっていたけど、当人に詳しいことは聞かないようにしていた。

娘が泣いているだけで私は「つらたん」だ。

私がつらいのは私の課題で娘の課題ではない。

この年齢位の子の全てを、親が把握しておくこと。私はそれを望んでいる訳ではない。


今は泣いているから、そばにいる。

何か力になれるといいなぁと思う。


そばにいて逃げないので、いてもいいのかなと思い、少し離れたところで私は座っている。


しばらくして

「つらい」

と言い始めた。

つらい、つらい、つらい・・・・。


なりたい自分になれないからつらい

勉強をしなくちゃいけない。でも思うようにできないからつらい。

休みだから休んでもいいと思うけど、その間にみんなが勉強しているかと思うとつらい。

好きなお絵描きも、そんなことを考えると手につかなくなってつらい。

みんなと話すのつらい。

仲のいい子は大丈夫だけど、それ以外の子と話す時に変なことを口走ってしまわないかがつらい。

何もかもがつらい。


つらい、つらい、つらい・・・。

ゆっくりと

たどたどしく

か細い声でつらさを話す。


つらい気持ちに私も身を委ねる。

つらいんだろうなぁと思う。

思春期の頃。私もたぶんつらかった。世界が閉塞していて生活範囲が限られていた。見えない明日がのしかかってきて体が重たく冷たさを増した。「みんなと一緒」にとらわれているのは、教育のせい?集団の力?親のプレッシャー?そもそもみんなって誰?ふつうとは・・なんだろうか。

正体不明のつらさを「つらたん」というかわいい生き物のような存在に変換することで、今の若い人は毎日をやり過ごそうとしているのかもしれない。


大人になって楽になった部分はある。

けれども、今それを娘に言ったところで、娘はしっくりとこないだろう。

いつ来るかわからない未来を待っていても、娘がつらいのは今なのだ。

それに・・・大人になっても子どもの時とは質の違うつらいことが待っている。・・・いや、やっぱり悩んでいることはどの世代も根本的には一緒の気もする。私は今週胃が痛くなるようなつらたんな事が2つくらいあった。

つらさとは影のようだ。

太陽が出ているかぎり、影があらわれる。太陽は私たちをあたためてくれるが、時にまぶしすぎる存在となる。光が強いと、あっという間に自分の背部へのびた影にとらわれてしまう。他者と比較し、自分の闇があらわになる。他人への嫉妬、憧れ、ねたみ、ひがみ、できない自分が入り混じる。そういったものが、自分をまた責めたてる。

光のない闇夜でじっと動かない方が、時には楽かもしれない。太陽を見つめたくない時だってある。


ひとまず

私は娘に「あなたがどのような子でも愛しい存在であると思う」と伝える。

娘の反応はないが聞いてはいるようだ。

近くにいる息子がふと目に入る。

私は息子に「なりたい自分ってある?」と尋ねる。

息子は「僕ねえ、人を守りたいんだ」と話した。

「好きな人を守れるように強くなりたい」

息子はまっすぐ私を見つめて言った。

あぁ、すごいなぁと思う。

素直に思った事を表現できる彼は、例え発達に凸凹があってもきっとこの先乗り越えていけるだろう。私は自分の子達を信頼し、尊敬している。その素直さをいつまでも大事にしてほしいと思う。


この先つらいことがあるけれど、最後の一山を乗り越えて歩んでいくのは自分自身だ。

見守ったり一緒に悩んだりくれる相手は、おそらく少しずつ、友人やパートナーになっていくと思うけれど、親としては最後の砦として、いつまでも見守る事は続けていけたらいい。

そんな関係性を保てたらいいなぁと願っている。









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