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名探偵ふたたび?

以前書いたが、母親は昨年から民生委員をつとめている。

前回も「困ったのよ〜」と、物取られ妄想のおばあちゃんの話をされた訳だが、今回もご近所さんのことで私に話があった。

「あのさあ、田村さん(仮名)っているでしょ?あの堀田(仮名)さんの家の裏に住んでるんだけど。」

田村さん・・・?堀田さんはわかるな。

「田村さんがよくわからないのよ。私。」

「田村さんはよくお祭りにも出てて、獅子のしっぽを持っていて・・わかんないか。まあ、いいや。たぶんあなたは会ったことがあるんだけどね。」

母は話し続ける。

なんかね。田村さんは、最近、警察によく電話をかけちゃうんだって。「俺のことを悪く言ってる人がたくさんいる。」とか「外から死ねとかって声が聞こえる」とか。それでね、頻繁に警察に電話をかけるの。だから隣の堀田さんも心配していて、私に話が来たのよ。ほら、うちのお父さんも昔は知り合いだったからさ。
それでお母さん、田村さんちにこないだ行ってみたのね。
ピンポン押しても出てこない。何回もピンポンピンポン押したけど反応がない。でも家にいる気配がするから10分玄関の前でねばってみた。
そしたら玄関が開いて本人が出てきた。迷惑そうに「何?」って。
それでお母さんは「うちの地区の災害時の緊急連絡網を作りたいんですけど、電話番号とか確認させてもらっていい?」って聞いたの。

市役所の人につい最近この話を聞いたばかりで、私は知っていたのだが・・

生活困窮者や近隣から心配や苦情が出ているご家庭を尋ねる時に、建前上の理由として、上記の母親が言ったセリフ。「災害時の連絡網」ということばをまず使って、なかなか接触したがらない相手のファーストコンタクトを取る作戦らしい。

それで、自宅の電話番号とかは聞けたけど、お姉さんの電話番号は聞けなかった。あそこはもう両親が亡くなっていて、田村さんも独身だから、頼れる人は同じ市に住んでいるお姉さんしかいないのよ。だから聞きたかったけどダメだった。すぐ会話は終了してひっこんじゃった。
それにしても田村さんはすごくやつれていて、変なにおいがしたから「ご飯食べてる?」って聞いたら「3日食べてない」って言うし「お風呂は入ってる?」って聞いたら「いつ入ったか忘れた」って言うのよ。
心配でしょ?家から全然出てこないんだって。
なんなんだろう?なんか病気?病気なの?認知症ではない?

これは名探偵コナン君の出る幕もなく、私の浅い知識でも犯人は見破れる。

おかん、その人、この前と違う畑(統合失調症)の人や


母は「あーそっちの人!」とピンと来たようで話を続ける。

家から出てこないから堀田さんや他のお隣さんも声をかけるんだけど、やっぱり家から出ないで何もしない日が多いみたい。
1度だけ「変な声が聞こえた!」って言って家から出てきたらしいんだけど、その聞こえた声は「肉屋さんが死んだ!」って聞こえたみたいで、堀田さんちに来たらしいのね。それで「肉屋が死んだって本当か?」って聞いてきたらしくて、堀田さんもびっくりしちゃって「そんなこと聞いてないよ。」って返したらしいの。
それで田村さんはそのことを確かめる為に、肉屋さんに行ったら、普通に肉屋さんが働いていて「何だ生きてるじゃん」って話になったらしい。

(※前回の話にも出て来た肉屋さんは、うちの実家の地区の区長さんで、ご近所では大変人望の厚い人物である。)

田村さんがそういう風になったのは一昨年の台風からじゃないかって近所の人は言ってるのよ。なんかおうちの屋根が壊れてからだんだん今みたいな生活になっちゃったみたい。

「どうしたらいいと思う?」

母は私を見つめる。

はっきり言ってどうしたらいいか私にはわからない。

医療保険・介護保険業界では(例えばであるが)「作業療法士でございまする」とヘラヘラとあいさつをしているだけで、クライエントと関係性を構築していけるのだ。

別に保険業界をバカにしている訳じゃない。私もその世界でやっている人間だ。
患者さんや利用者さんのために身を粉にして自分自身を削りながら働いている人たちを間近で見ている。エビデンスとナラティブの狭間で、専門性の高い技術を要求され、正解のでない答えを求められ、誠心誠意尽くしても罵倒され、それでも笑顔で立ち向かっていける戦士のような人たちを私は知っている。

でも、地域ではまた「違った戦い方」をしている人たちがいる。

ただそういう世界もあるという話なのだ。どっちがいい悪いではなく。


作業療法士なんて肩書きが全く通用しない世界で、私は何ができるのだろう。そもそも「何かできる」なんてどれだけおこがましいことを言っているのだろう。どれだけの人たちがどれだけの日々困った問題を抱えているのかを、もっともっと知らなければいけない。

今はそう思っている。


田村さんは教科書的には精神科につなぐべきだと思うし、事態はそんなにゆっくりとしていられない気もする。

何が彼を追い詰めたのだろう?台風なのか?台風はきっかけに過ぎない。ギリギリであふれそうなコップは、ふとしたはずみで水がこぼれてしまった。何がギリギリにさせたのか。彼のつらさを想像する。

母親と協力して考えていきたいし、もっとたくさんの名探偵を集めようと思っている。幸いにして、ご近所さんは昔から住んでいるあたたかい人ばかりだ。彼を家から動かした人物、肉屋さんにも手伝ってもらって何とか良い方向に進む事を私は願っている。


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