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【創作】Drops③

3話 黄葉先輩と水色のイルカ


「そうなんですか。楽しみですね。」

僕は同じチームの黄葉きば先輩と自販機の前のベンチに腰掛けていた。休憩時間の僕たちは、缶コーヒーを片手にお互いの近況を情報交換し合っていたところだった。

先輩は昨年、結婚している。先輩の結婚式に僕や赤井さんも呼ばれたのはついこの前のことだと思っていた。けれども僕は先輩のパートナーがご懐妊されたという報告を聞いて「ああ、もうその頃から1年経つんだな」とやけに感慨深い気持ちになった。

黄葉先輩は僕の3つ上で、何かと僕たちの世話を焼いてくれた。そして僕たちはそのカラー(赤井の赤、青野の青、黄葉の黄)が特徴的であるため、『シグナルトリオ』と澤村係長に言われたこともある。まあ、会社内でもこのあだ名はあまり流行らなかったし、なんだか名づけられた僕たちが滑ってしまったみたいで、僕は心がもやもやしていたけれども。


「ねえねえ、青野くん今いいかな?」

シグナルトリオを思い浮かべたら彼女がやってきていた。思わぬシンクロに僕は誰にも気づかれないようににんまりとする。

「赤井さん、今日もあいかわらず元気だね。いいよ。もう話は終わったから。」と黄葉先輩はニカっと笑って僕の肩をたたきながらベンチから立った。立位になると横にいる赤井さんが小柄なためか高身長がやけに目立つ。彼は僕らに気遣いながらこの場から去っていった。僕と違って爽やかな人である。

様子を見ていた彼女はお辞儀をし、先輩が離れるや否や、威勢よく僕に話し出した。

「ひとまず作りなおしてきたから。」

僕の膝の上に赤井さんはプリントアウトした資料をベシッと置いた。

その顔はどこか誇らしげというか、挑戦的というか、勝ち誇った武将のような勇ましさが感じられた。

僕はそのくるくる変わる表情にいつも思わず笑ってしまう。

赤井さんはそんな僕に気づいてまたふてくされているようだ。

「失礼だよ。部内でも美人だってもてはやされてるのに、アオノクンハイツモソウイウアツカイナンデスネ。」

「ごめんごめん。なんかおかしくって。....いやいや顔がおかしいとかじゃなくてね。気持ちが顔に駄々洩れだよね。」


「顔がおかしい」という単語に反応したのか何なのかわからないが、赤井さんはふてくされたままだった。僕の返事は全然フォローになっていない事はわかる。彼女にずいぶん失礼だとは思うのだが、僕はついつい彼女とこのようにやり合う事をけしかけてしまう性分のようなのだ。

彼女は無言で自分のスカートのポケットをまさぐる。そしてそこから乱暴にサクマドロップスの缶を取り出して、がらがらんと飴玉を左手に出した。

出た飴玉は水色だった。


「水色。あなたの名前。青野の仲間。サクマドロップスではスモモ味。空の色、海の色、水の色、イルカの色.....そしてドラえもんの色。」

「今の赤井さんはドラえもんみたいだったよ。そのポケットは四次元に繋がってるの?」

「もう!いいからちゃかさないで聞いて。水色はきっとあなたには見えている。違う?」

「合ってるよ。水色は見えてる。おそらく君が見ている色よりは少し淡いけどね。」

「わかった。そしたらあなたの青野の青い色はきっと少しだけ水色に近い色に見えているはず。あなたの世界は淡いブルーの世界。濃淡のある青色と水色の世界が広がっているはず。」


「そうかもしれない。....とは言っても随分と長く僕はこの世界でやってきたんだ。他の人の世界は比較しにくい。じゃあ、聞くけどさ....赤井さんから見た水色はどんな色?」


「......私から見た水色。」

彼女はゆっくりと語り掛けるように話し出す。

「私から見た水色は、いつもにこにこしているけど、近づくことをあきらめている。軒下があってお店に入りやすそうだけど、実は奥のシャッターは下りている。自分をどこか大切にしていない。やさしいけれども存在を消してたたずんでいる。水色はそんなさみしい色。」

「.......それは水色の話をしているの?....それとも......」


それは「僕」の話をしているのか。


僕の何かがコトンと揺れた。


赤井さんは話しながら「もう少しのび太くんみたいに頼ってみてもいいんじゃない?」とさみしそうにつぶやいた。

彼女は彼女が発した自分自身のことばにひどく傷ついているように見えた。


赤井さんはまるで雨にぬれてしまった小鳥のようだった。そして飴玉を僕に渡して、僕の前から飛び立つように去っていった。


僕は彼女が残していった資料と水色の飴玉を握りしめて、しばらくそこから動けなかった。そして僕の思考は、いつまでも這い上がれないイルカのようにぐるぐると水色の海を揺蕩っていた。その青と水色の濃淡が織りなす世界を僕はいつだって一人で眺めていたはずだった。

なぜこんなにも苦しい気持ちになるのだろう。


空気が薄い。



僕は水色の飴玉を口に入れる。

カラン、と飴玉は歯に当たり小気味よい音を立てた。

スモモって...こんな味だったかなと、そもそもスモモを食べたことない自分に気づきながら、僕はベンチを後にした。


つづく。








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