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【創作】Dance 2

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第2話 飛び込む魚と戻ってきたキーホルダー

「あかん、それは盗撮や。せいちゃん。」

キュッと靴底が床面をこする音がして、その後ダムダムっとボールをつく音が頭に響く。

ピカピカのコートの上で星一は仰向けになって天井をみつめていた。天井のライトがまぶしく目に映る。

「思いとどまってよかったわ。犯罪者と友達なんて僕はごめんだね。クソほどいやだな。キモいわ。そんなん。」

「あいかわらず、口が悪いよな。潤は。」

星一は、自身の横でボールをドリブルし続けるマッシュボブの黒髪のメガネの男性に話しかける。
背丈は高くすらっとしている彼は見た目は真面目で大人しそうである。実際人当たりも良く、成績も悪くないので、先生やクラスメイトにも評判は良い。
しかし、仲の良い友達に限っては、口を開けばエセ関西弁や罵詈雑言が溢れ出てくる少し癖のある人間でもあった。

彼の名は柴野潤しばのじゅん


星一とは同じバスケット部である彼は、なぜか星一のことが好きなようで、気づいたら隣にいることが多い。

星一は口は悪いが、中身は誠実でまっすぐ自分に向かってきてくれる潤のことを、どこか心地よく感じていた。そのため彼の事をこばむことなく受け入れ、行動を共にしていた。

「何はともあれ、出会ってしまった。」と潤はつぶやく。


ボールをパスされた。

パスっと小さな音が体育館に響き、ボールの重みを両手で感じる。

潤は星一を見下ろしお互いの目線が合う。

潤の額の汗が光っている。


出会ってしまった、のか。


星一は「あの瞬間」を真空パックして、心の小箱に閉じ込めたいと思った。


軽やかで重力を感じさせない、あの舞いは

彼女から開放感や自由を感じた。

月のクレーターを飛び越えるダンスを

ただ純粋にまた眺めてみたいと感じていた。



「せいちゃんはまたその子に会いたいんやろ?」

「同じ高校なら見つけるのは早いんとちゃう?」

星一はボールを持ったまま立ち上がり、ゆるやかにドリブルを始めた。


「いや、いいんだ。無理に探さなくとも。たぶん。こういうのって、タイミングがある。だから俺はそれを待ちたい。おやじが釣りが好きでさ。小さい頃は一緒に海や川へ連れてってもらったけど、よくこんなことを言われた。『あせるなよ星一。何事も機は熟す。お前が待てばおのずと欲しいものやチャンスは必ず訪れる。だからそれまで、自分を丹念に磨いておくんだ。興奮して機会を逃すよりも、いつもの通りだ。いつもの通り、毎日己を磨くんだ。武士もいつ起きるかわからない戦に備えて刃を毎日研いでいた。静かに待つんだ。そして、磨け。』....だから普段通りだよ。いつもを続けるってたぶん大事なんだ。」



星一は話し終わるやいなや、ゴールに向かってボールをシュートした。

ボールはくるくるとまわりながら弧を描く。
吸い込まれるようにゴールへおさまり、ぱしゅっと小気味良い音を立て、ネットが生き物のように勢いよく跳ね上がる。

「見た目は派手なのに、中身はおっさんか。」と言いながら、潤は落ちたボールを拾いに行った。


「何、俺のこと?」

「他に誰がいる。」

「ほめてんの?」


「ほめてないわ。お父ちゃん大好きやんな。ファザコン。」

「まあ、そういうことだな。」


「それよりせいちゃんは早く無くした鍵を見つけたほうがええで。部室のロッカーの鍵。ないと不便やろ。僕は君が部活にいないとさみしいー。」

「な。どこで無くしたんだろう。それすらも思い当たらない。先生に話して鍵をまた作ってもらってもいいけど、なんだか面倒くさいんだ。しばらく休ませて。潤、悪いな。」

「はいはい、君の好きでええよ。
僕の片思いは実らんな。」

星一はあの赤い星のキーホルダーに部室のロッカーの鍵をつけていた。

最後の記憶はあの例の公園で握りしめたきりだ。


まあ、そんなにあせらずとも。


と思っていた矢先。


思わぬところで鍵が戻ってきた。


数日後の日曜日。


突然、星一の姉が

「あったわよ。あなたの鍵。」

と言って星一の鍵を渡してきたのだ。


「は?」


星一の姉、赤井雫あかいしずくは、歯磨きをしている星一の元へ来て、鍵を手の上にポンと乗せた。


「どこにあった?家の中?」


「いや、これはある人が拾ったのよ。せいちゃん、いつもの公園に行ったでしょ?そこであなたの鍵を拾った人がいる。
私はそれを渡されて、そして今あなたに渡している。」

星一は姉の話したことを一瞬うまく飲み込むことができなかった。

少しずつぼやけたピントが合ってくるように、姉の言っている状況を想像できうる限りにイメージしてみたけれども、なんでそうなったのかは結局よくわからないままであった。

雫は大学生だ。

今は家を出て、大学の近くのアパートを借りて暮らしているが、時々星一も住んでいる実家に帰ってくることがある。

昨日から実家に帰ってきていることは知っていたが、まさかこの姉から、この前無くした鍵が戻ってくるとは!
星一は1mmたりとも予測していなかった。

「あなたと私、同じキーホルダーを持ってるでしょ。赤い星のキーホルダー。お父さんに買ってもらった北海道土産よね。
最初その子は私のキーホルダーだと思って、私に聞いてきたの。
私、びっくりしちゃって。それでせいちゃんがちょうどキーホルダー無くしたってこの前言ってたから『これ、たぶん弟のやつだと思う』って言って預かってきちゃった。」

星一はごくりとつばを飲み込んだ。


おそるおそる姉に尋ねる。


「その子は.....髪の毛が黒くて長い子?」

「そう!あれ?もしかして知ってる子?あなたと同じ高校なのよ。」


星一は父親の声やことばを思い出す。


『お前が待てばおのずと欲しいものやチャンスは必ず訪れる。』


親父。それほど待たずとも、思ったより早くやってきそうだよ。

父親の手の厚みを思い出す。

あたたかくて、厚みがあって、無骨な手。


星一は赤い星のキーホルダーをふたたび握りしめた。

飛び込んできた魚を逃がさないように

それは一瞬の隙で

すれ違いざまのタイミングで。

必ずつかまえるためにも。


希望と畏れを抱きながら、

この広い海へと

深い深いまだ見ぬ景色を

見届けるために

星一はこの先大きな悲しみも喜びも引き受けることを知らずに

最初のダンスのステップを今まさに踏み出そうとしていた。



第3話へつづく。

挿し絵協力:ぷんさん

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