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キャラメルとオブラート

潮の香り。

引き戸の玄関をガラガラと開ける。
石段が2段あって、下りると目の前には右側にコンクリートの塀があり、その中にある2階建てのベランダにはそよ風に揺られて洗濯物のシーツがゆらゆらと軽やかに踊っている。
左側には雰囲気のある日本家屋が静かにたたずんでいて、その隣は昔は旅館だった細長い家屋が続いている。

左右の家の間にはアスファルトの細い道が続いていて、その先に海が見えた。
私の街の港には商船がたくさん停まっているので、〇〇丸のように大きな文字が書かれた船が停泊している様子が見える。錆びついた鉄板。船底についているフジツボ。ふよふよと気ままに漂うクラゲたち。


昔から玄関を開けた時の風景が好きだった。


そしてほのかな潮の香りも。

たぶん隣には祖母がいたからだ。

幼い頃はどこに行くにも祖母と一緒に行動していた。

行くところは

祖母のお友達が営んでいる化粧品店
同じくお友達がやっている焼きそば屋さん
日舞のお稽古を習う公民館
私を遊ばせるための小さな公園
商船が並ぶ船着場
近所にあるお肉屋さん
お魚屋さん
コロッケ屋さん
駄菓子屋さん

そして、たばこ屋さん。


祖母は喫煙者で亡くなる寸前までたばこを愛していた。

たばこ屋さんは、家の前の小さな細い道路から、少し大きな道路に出て、さらに大通りに出ると右側に見えてくる。

私は祖母に手をひかれて、一緒にその道を歩いた。小さな店舗の中には、いつものおばちゃんが座っている。

祖母はたばこを購入すると私にお菓子を買ってくれた。

サイコロキャラメルと

コーラ味のグミ

サイコロキャラメルは、直径2〜3cmのサイコロデザインの箱に入っていて、中には2つのキャラメルが入っていた。

コーラ味のグミは、プラスチックケースの型にはめこまれていてオブラートで一個一個が繋がっていた。


私はそれを買ってもらうのが楽しみだったことを久しぶりに思い出していた。


なぜかというと、目の前にいる人が私にキャラメルをくれたからである。


彼女は訪問を担当させて頂いていた方で、どことなく祖母に雰囲気が似ていた。祖母よりは穏やかで、私に対しても親密な対応をしてくれていたが、時折見せる家族に対する厳しさから芯の強さのようなものをひしひしと感じていた。

彼女との訪問はその日が最後であった。


そして、彼女は私が来るまでそれを知らされておらず、私の訪問と同時に娘さんからその話を聞かされた。


彼女の病状は進行しており、日中の転倒の増加や、夜間のせん妄が続いていていること、介護している同居の娘さんが働きに出ることが重なり、施設に入ることになった。

訪問がこの日で終了となることは私はケアマネさんから聞いて知っていた。

彼女はリハ中に「そうか、知らなかったなぁ」と何度も話していた。


自分で建てた家から離れなければならない現実と、家族は家族の面倒をみるものだという彼女の強い思いと、たくさんの感情が交錯していたのだと思う。

随分と複雑な表情をしていた彼女を

私は横で見つめて受け止める。


そんな感情の最中で、彼女の尊敬に値するところは、私への感謝をあますことなく伝えてきたところだった。

「おたくにはずいぶんお世話になったね。」

「もう会えないなんてさみしくなるね。」

「おたくの髪の毛....」

「こんな長くて綺麗だったかい。」

「いい髪の毛だね。」


と言われた時に私は
「ずっとこんな髪の毛でしたよ。白髪だらけですよ。」とあいかわらずセンスのカケラもない返事をした。そのあとにいくつかキャラメルを渡された。

「忘れないよ。ありがとう。」

私は

「手紙を書きますよ。」

と自然に返事をしていた。

彼女ははにかんでうなづいた。


また昔の光景を思い出す。

祖母との帰り道をまた歩いて、立ち寄ったお肉屋さんで祖母が立ち話をして、チャーシューを買って帰る。

自宅に戻り、階段をあがる。
テーブルに買ってもらったお菓子を広げる。
コーラのグミを取り出そうとプラスチックケースをたわませる。

グミたちは、ケースから外れた。
オブラートにところどころ穴は開いていたが、まだかろうじてお互いに繋がっている状態だった。


当たり前のこと。


繋がっていると思っていたことが


急にばちんと繋がらなくなり


当たり前は非日常になる。


グミを包むオブラートのように


時には強固にプラスチックケースに包まれながら形を保っているが

何かのきっかけではなれてしまうと

戻らない。


そして、口の中でオブラートは溶けていく。


融解して、繋がりは途絶え


またグミは個になる。


彼女と家族の生活も


私と祖母の生活も


いつのまにやら終わりをむかえていた。


私たちの生活は
もしかして
オブラートのように
うすいうすい脆弱なもので
なんとか繋がっているのかもしれない。


それでもそのうすいうすい

透明で

頼りないものでも

たとえ、水で溶けてしまうような

やわいものでも

今は繋がっていることを

あの時は繋がっていたことを

これからもなくなりはしないことを

信じるしかない。

ただそうやって生きていくしかないのだと


私はあの時もらったキャラメルをなめながら


「そうだ、彼女に手紙を書こう」


とはりつめた想いをどこかに隠しながら


やるべきことを頭に思い浮かべていた。




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