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【創作】Dance 4

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第4話 小焼けへのあんぱんと自由


夕焼け小焼けに日が暮れる。

オレンジジュースをこぼしたような空から放たれる西日は、窓の枠と、窓のひさしの形を跨いで、木の床に規則正しくそそがれている。床は年数を経ているためか、表面の塗装がはがれて一部が黒く光り、角が丸く削れている。机の表面は光を反射してピカピカし、黒板は濃いグリーンが影を作る。

小焼けとはなんだろう....という話になる。
星一はロッカーに入っている国語辞典で調べてみた。

 (「こやけ」は、語調を整えるために添えたもの)「ゆうやけ(夕焼)」に同じ。

小焼け自体に意味はなく、小焼けは調整のためにいてくれる存在である。

「なんだか、私たちみたい」

「ことばのひびきがかわいいね。小焼けって」


結月はぽつんとつぶやいた。黒い髪が光をうけてつやつやしている。ほっそりと白く伸びた手が静かに動きを止めた。


「世の中にはいろいろとバランスを取る人がいるんだろうね」


「ごめん、手伝ってくれて...悪いな」

星一は、ロッカーに国語辞典をもどし、ぐーんと背伸びをしながら結月に応答した。


「いいの。たまたま今日は暇だったから。」


あたりはシンと静かであった。
校庭の奥の方からボールを蹴る音と男性の声が小さく響いてくる。

2人はまた作業を始める。

カシン、カシンと音がする。
紙をめくる音がする。

2年B組の教室の中で、2人は先生に頼まれた大量のプリントをホチキスで閉じる作業を続けていた。


※※※


あれから星一は、時間の許す限り結月が踊っている姿を見に、公園に通いつめた。

結月は市内にあるバレエスクールの生徒であった。幼少期に通い始めたバレエは、家族と出かけた時に見た「遊園地で踊っているきれいなダンサーのお姉さん」に憧れて始めたと話してくれた。

「きらきらしてて、いい笑顔で....素敵だなって思ったの」

結月が習っているのはクラシックバレエであるが、中学生に入ってから「コンテンポラリーダンス」というものにも取り組むようになった。クラシックバレエよりも、もっと自由な表現が認められているそうだ。星一が最初に結月のダンスを見た時に、普通のバレエと印象が違ったのは、どうやらそのあたりに要因があるようだ。

彼女はまだ少し先の話ではあるが、習っているバレエ教室の発表会を控えている。
「誰にも見られなくていいかなと思って」と、公園で練習をしていたところを、偶然星一が見つけてしまった。

「結月さんは誰にも見られなくていいと思ってたんでしょ。……俺が来ちゃっていいのかな」

星一はおそるおそる彼女に尋ねた。

「いいの。星一くんはバレエのことなんてよく知らないでしょ。だからいいかなと思って……でもね、一番の理由は……写真かな」

星一はあの日、雨の中で赤い傘を使って舞い踊る結月の姿を写真に収めた。現像して、結月に再び会った時に写真を彼女に見せた。

結月は、写真を見つめて何も言わなかった。

ただただ

じっと

しばらくの間、眺めていた。


写真の中では

雨が落ちていて

赤がやさしく受け止め

しずくがはねる

髪の毛が円を描き

結月の横顔は透き通って

透明すぎて

なんだか消えてしまいそうだった



星一は結月にどんな反応をされるか内心不安があったので、待っている無言の時間がとても長く感じられた。

3分くらい経ってから

「うん、いいね」

とこちらを振り返って結月ははにかんだ。

星一はほっと胸をなでおろした。結月は「最初は恥ずかしいと思ったけども.....なるほど、こんな風に残るのもいいかもしれない」とぽつりと話し、写真は今後も撮影してもらってもかまわないという事を星一に伝えた。


※※※

「自由ってさ」


結月はホチキスを止めながらこちらも見ずに話しかけてきた。


「自由ってなんだろうね」


「え」


星一は紙の端っこをトントンとそろえている途中で、結月を見つめた。


「自由って…こう重力がない感じというか……自分のしたいことを表現できているような、のびのびしてるような、躍動感があるような……そんな感じ。まさに結月さんのダンスのイメージだよ」


「そっか。星一君の自由はそんなイメージなんだ。私のダンスは『自由』を表現してるのね」

カシン、とホチキスが音を立てる。


「じゃあ、星一君は……今は自由なの?それとも不自由?」


「俺?……俺はね……。うーん不自由さもあるかなぁ。力が足りないんだ。色々と」


「色々って?」


カシン、とまた音がする。


たとえばなんだけども。

君とこうやって話すの、学校では控えめにしてること。

「今日は君の方から見つけて話しかけてきてくれたから、こうやって話してるけど」

「学年も違うしさ、俺は2年、結月さんは1年でしょ。わざわざ会いに行くのもあれだし。なんか面倒くさい年頃じゃん。まわりが....というか、俺は今1人だけ、そのめんどくさいやつの顔を思い出してるんだけどね」

柴野の顔を思い出す。

あれから柴野には詳しく話していない。

知られてもいいとは思っているが、星一はなんとなくまだ彼には話していないのだ。


「ああ、そんなこと思ってるんだ。星一くんは...ふふふ、おもしろいね。他にはあるの?」


あるけど....星一は「今は話さない」と伝えた。


「これは話してもどうにもならないことなんだ」


と、言いながら、星一はがさごそとカバンの中に手を入れて


取り出したものをそっと結月に渡した。


「あ!」


結月の手の上には丸いあんぱんが置かれていた。


あんぱんは直径15cmくらいのほんわりとしたフォルムで、紙袋に包まれていてもそこはかとなくいい匂いがして、紙を開くとまんなかに焼印で丸い円が描かれていた。


「マルぱんのあんぱん!」


結月の顔は明るく華やいだ。
星一はうんうんとうなづいた。


「これ、どうしたの?駅前のマルぱんのあんぱんだよね。マルぱんのあんぱんは人気ですぐ売り切れちゃうのに」


「いや、櫻井先生がこの作業のお礼だって。マルぱんってそんなに人気なんだ。」

「結月さんがあんぱん好きって、うちの姉ちゃんに聞いたからさ、今日の『小焼け』の対価としてどうぞ」


結月は頬をゆるませ嬉しそうに大事そうにあんぱんをかばんにしまった。



細長い雲が茜色に染まり、伸びている。
暑さはどこかに少し吸い込まれたかのように、やわらいでいたが、蝉時雨はそんなことはおかまいなしにまだ鳴き声を響かせていた。
校舎の玄関から自転車乗り場までアスファルトが続き、ゆらりと長くなった影が前方に見えている。職員室のグリーンカーテンのにがうりも気づけば大小の実がたくさんなっていた。校庭は同じく茜色に包まれていた。

自転車乗り場に着き

結月に手を振り自転車にまたがる。

ふと、カメラを取り出し

赤とオレンジと黄色とそれぞれが混ざり合って暮れていく様を

今日の夕焼けと小焼けが織りなす空を

星一は忘れないように

カメラにぱちりと収めた。

そのあと、ペダルを勢いよくこぎはじめ、夜の静寂しじまを待ち構える住宅街の中へと彼は小さく消えていった。


5話へつづく


挿し絵協力:ぷんさん

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