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ひとりひとりのものがたり

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仕事での出会い、出会ってしまった人たちの物語の断片を書き綴ったもの。高齢者のナラティブ。
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#認知症

己を忘れないこと

ある利用者さんのところに週1回訪問させてもらっている。 彼女は私が今、憧れていて尊敬している人の一人だ。 彼女自身は高齢になってあまり名前も聞いたことのないような難病になり、お子さんたちと同居しながら過ごしている。 彼女のものの受け止め方、しなやかさ、粘り強さ、ある種の潔さ、品の良さ、おだやかさは、私にとってはとても遠くて.....高い位置にある。それは富士山のように雲の上まで続いており、私にはまだまだ行き着かないところである。 「おたくはまだ若いからね。これからよ。」

彼女だけが見えていた風景

その瞳に何がうつっていたのか。 どんな景色が見えていたのか。 思い出しても、いまだに想像することができないものがある。 *** 昼下がりの午後 廊下にあたたかい陽ざしが差し込んでいた。 私はAさんと歩行練習をしていた。 Aさんは小柄で眼鏡をかけている。80代の女性だ。 転倒して骨折してしまい、手術をしたものの足の力が衰えてしまったので、施設の中は車椅子を使って移動している。 やさしい方であまり主張はしないが、読書をよくされていて、いろいろな事を教えて下さった。