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ひとりひとりのものがたり

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仕事での出会い、出会ってしまった人たちの物語の断片を書き綴ったもの。高齢者のナラティブ。
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2020年11月の記事一覧

それぞれのエール

「そんなんじゃだめだぞ!もっと、シャキッとやらないとだめだろ!」大きな声がひびく。 一瞬あたりがシンと静まり返る。 声を出したのは90代の男性だ。 立ち上がって若者たちを見つめる。 見つめた先の若者たちは、高校の吹奏楽部の子たちだ。 私はドキドキしながら事の顛末を見守っていた。 *** 夏の始まりを感じる7月の上旬頃に、毎年私が勤めている施設のデイケアでは、七夕会と称してボランティアを呼んでいる。(※今年はコロナのため中止だった) 内容は曜日毎に変わり、日本舞

今日も私たちはトラペッタをさまよう

「そう!そこまっすぐ行って」 「ああ、その人に話しかけて下さい」 「その人じゃなくってですね。もう少し奥にいる人。」 私はなぜか、60代の男性と彼の部屋でドラゴンクエストⅧをやっていた。 はて。私は何をしているんだろう? 事の発端は、新規のデイケアの利用者さんの家に初めて行かせて頂いた時、同居している姉が担当利用者さんのゲーム機とゲームソフトを入院中に勝手に捨ててしまったことから話は始まっていた。 彼は退院して発覚した事実にたいそう怒っていた。 「何で捨てちゃっ

ありのままの姿で

「ありの〜ままで〜・・よ!」 「どうしたんですか?」と私は問う。 デイケアの利用者さんを今日もリハビリにお誘いしに行った。 誘おうとしていた方と一緒に話していた女性が、急に私に振り向いて笑顔でこう言った。 私は少し驚きながら尋ねた。 「アナと雪の女王を知ってるんですか?」 「知ってるよ。もう私も78歳になるのよ。」 「私はいろいろと思うのよ。」 話を聞いた。 「なんかね。コロナになっちゃってさあ。いろいろと思うのよ。私ももうあと何年生きられるのかなぁなんてさ。

皇帝ダリアは咲いていたか

写真を撮られるのは昔から苦手だ。 昔といっても子どもの頃はおそらく気にしていなかった。 ちゃんと笑顔で写っているものが多い。 思春期くらいから苦手意識をもっていたと思う。自分の容姿に自信がないことと、容姿以外でも自信がないことから、なるべく写真に写らないようにしていたし、どうしても写る時は端っこでなるべく小さくなって(といっても体が大きいので小さくはなれないのだが)写っていた。ぎこちない作り笑顔で、写真の私はいつも猫背で頼りなさげだ。 そして運悪く、私の青春時代はプリク