シルクロードで感動した話

 noteを始めたばかりで、色々な種類のnoteを作って試行錯誤をしようと思う。今日はお勉強とかそういう系じゃなくて、まあこんなことがあったよっいう話。

 去年の夏、私は大阪から船で上海へそして鉄道を使って敦煌まで行った。船内や車内で仲良くしてくれた中国人の話もたくさん書きたいが、今日は敦煌の話。それも、莫高窟や月牙泉の話ではなく、ただただ私が勝手に想像して勝手に泣いた話。

 敦煌は中華の西の果にあるオアシス都市。鳥取砂丘などとは比較にならないほど広い、日本じゃ絶対に見られないような砂漠に囲まれている。

 敦煌はシルクロード、特に「オアシスの道」において重要な街だった。この敦煌から北西に90キロほど進んだ場所に玉門関という唐の時代の要塞跡がある。漢の時代にも建てられたが、今残っている建物は唐の時代のものだ。

 ↑これ今残ってる玉門関ね

 これは、玉門関から見て丁度当時のシルクロードの方向を撮った写真だ。この先には街も何もない。玉門関を出るということは、中華の手を離れることを意味していた。

 私はこの景色を見て涙が出た。勿論だが当時の旅人には自動車も鉄道もない。砂漠という極限の地においては、オオカミに怯える夜もあっただろう。自分の場所を見失う日もあっただろう。実際それで多くの人々が歴史の舞台から姿を消したこともあっただろう。たくさんのドラマがこの砂漠にはあっただろうという想像が、私に自然と涙を零させた。教科書や小説でシルクロードや砂漠の世界は知っていたつもりだったが、実際に見てみるとこみ上げてくるものがあった。道無き道を後に「シルクロード」と言われるまでに切り開いた先人達の勇気に、敬意を捧げたい。

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