これってあれじゃないか!

20世紀最後の年である2000年、アメリカのクレイ数学研究所が、未だ証明されていない7つの未解決数学問題について「解決したら各々100万ドルを与える」と発表し、ミレニアム懸賞問題と名付けられました。

7つの懸賞問題のうち2022年までに解決されたのは1つだけ。
ロシアの数学者グレゴリー・ペレルマンによって2003年に解決されたポアンカレ予想と呼ばれるもので、1904年にフランス人数学者のアンリ・ポアンカレによって提起された問題です。

ポアンカレ予想を提起したアンリ・ポアンカレの名言に「知性の働きは、違うところにあるものが実は同じものだと気づくことにある」というのがあります。
「両者の距離が離れていればいるほど、その発見は生産的なものになる」とも語っています。

要するに「これってあれじゃないか!」という気づきこそが知性の働きだというのです。

今や日本全国にある回転寿司、発明したのは大阪で寿司店を営んでいた白石義明という人で、昭和33年(1958年)のことです。

繁盛していた立ち食い寿司店のオーナー・白石氏は、当時の人手不足もあって寿司職人に加えて店で配膳する人の確保もままならない状況に頭を痛めていました。
そんなある日、大阪府吹田市のビール工場を見学した際にベルトコンベアで流れてくるビールを見て「寿司を流せば、もっと多くのお客さんに効率よく食べてもらえるのでは!」とひらめいたのです。

アメリカのスリーエム社で、超強力な接着テープの開発過程で、中途半端な接着力しかない失敗作が捨て置かれているのを見て、通りかかった他部門の研究者、アート・フライ氏が「これは本の付箋として使えるのではないか!」とひらめいたことによってポストイットが生まれたのも同様の気づきです。
フライ氏は、本を読んだ際、重要だと思う箇所に線を入れていたのですが、読み返すごとに重要箇所が増えることがあれば変化することもある。
そんな時「この中途半端な接着力を付箋に応用すれば、参照箇所を増やすのも変えるのも自由自在だ!」と気づいたのです。

寿司とビール工場、中途反葉な接着テープと付箋・・・白石氏やスリーエムの研究者が、一見何の脈絡もないモノ同士に「これってあれじゃないか!」という気づきを見出すことができたことで、画期的な発明が生まれたのです。

こういう気づきはどうすれば生まれるのでしょうか。

ポアンカレの言葉を思い返してみましょう。
「知性の働きは、違うところにあるものが実は同じものだと気づくことにある。そして両者の距離が離れていればいるほどその発見は生産的なものになる」

回転寿司を発明した白石氏は、まさにその典型です。

白石氏自身、おそらく求人活動にも力を入れていたはずです。しかし、そうした従来の考え方・やり方の延長上ではなく、全く別のアプローチによって思わぬひらめきが生まれたのです。
距離の離れたモノに触れることで大きなひらめきにつながったのです。

組織などに長く属していると、どうしても特有の考え方や価値観に染まっていきます。

結婚式などで同じテーブルについた方々と名刺交換すると、商社の人、銀行の人、建設業の人・・・いずれも「なるほどな」と思わせる業界特有の雰囲気をお持ちです。
ある業界に長くいると、似たような顔立ちになってくるのですね。

それがいいとか悪いではなく、業界にせよ企業にせよ、そこに長年所属することで同じような顔立ち・雰囲気になるのは、思考回路が似てくるからだろうと思います。

だとすると、そういう場所から(業界の常識を超えるような)画期的な「Aha!=気づき」は生まれにくいのかも知れません。

常々思っているのですが、アマゾンや楽天・メルカリが流通業界から生まれても良かったはずですし、アパレル業界からZOZOが誕生しても良かった。
でも、いずれも業界とはかけ離れたところにいた人が事業をスタートさせて成功しているのは、ポアンカレが言うように「距離が離れているからこそ、画期的なアイデアが生まれた」可能性が高いのかも知れません。

普段の業務においても「これってあれじゃないか!」という気づきはそれなりにあるでしょうが、事業構想を根底から変えるような「Aha!=ひらめき」は、やはり普段の業務とはまったく異なる環境から生まれるような気がします。

アップルの創業者、スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学卒業式での講演で、ポアンカレと似たことを言っています。

ジョブズが大学時代、特に目的もなくたまたまカリグラフィー(文字を美しく書く技法)の授業に出席したのですが、出てみたら意外におもしろかった。 その時の記憶が、後にアップルPCに多種多様なフォントを搭載するヒントを与えてくれたのだそうで、学生たちを前にしたジョブズは「その時は単なる点でも、のちに別の点とつながって人生を一変させることがある」と説いています。

自らの仕事に神経を研ぎ澄ましつつも、仕事一辺倒ではなく、さまざまな職業・年齢の人々と交流したり、絵画や演劇・文学などにも触れてみる。

そういう多方面に興味関心を抱くことが、新しい「気づき」への道標となる可能性が高い。

ポアンカレやジョブズの言葉は、イノベーションとはどうやって生まれるのかのヒントを与えてくれます。


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