見出し画像

銀行を取り巻く信用リスクの基礎と評価モデル


シリコンバレー銀行等破綻に続き、クレディ・スイス銀行まで危機に陥り、UBSに買収されることとなってしまった。
依然として、過去のような金融危機にはなっていないものの、信用リスクが高まっており、現在のマーケットは、脆弱性のある銀行探しに躍起になっているように思える。

ここで今一度、信用リスクとは何か、そしてその信用リスクをどのように定量化して評価・管理しているかを確認していく。





信用リスクとは

借り手が債務不履行に陥る可能性から生じるリスクのこと。

貸し手は借り手の投資機会や活動について、借り手よりも少ない情報しか持っていないため、ローン市場には"情報の非対称性"が存在する。情報の非対称性は、逆選択やモラルハザードを生み出す。

ローン市場における”逆選択”は、
貸し倒れになる可能性が高い人が、通常ローンを組む側にあるために起こる。言い換えれば、不利な結果をもたらす可能性の高い者が、選択されやすいのである。(そもそも、貸し倒れのリスクがない人は、お金に困っていない、ローンを借りる必要がない。)

”モラルハザード”がローン市場に存在するのは、
借り手が貸し手から見て好ましくない活動をするインセンティブを持つ可能性があるからである。
例:一旦融資を受けた借り手は、リスクの高い投資プロジェクトに投資する可能性が高くなる。


また、2006~2007年のサブプライムローンの住宅ローン延滞が急増したことを発端に、リーマンショックへと発展したように、
信用リスクは1社、1行のみの問題に留まらず、金融マーケット全体へ影響を与える非常に繊細なリスクであることがわかる。



まずは、どのように信用リスクを管理・低減していくべきか、銀行側の視点で見ていく。

信用リスク管理の原則

銀行の信用リスク管理において重要な原則は以下の5つ。

  • スクリーニングとモニタリング

  • 長期的な顧客関係の構築

  • 貸出コミットメント

  • 担保と補償残高

  • 信用配給


以下、それぞれ確認していく。

スクリーニングとモニタリング

逆選択は、貸し手が利益を得られるように、信用力の高低を選別することを必要とするため、貸し手は、借り手候補から信頼できる情報を収集しなければならない。(融資の専門性が必要)
銀行であれば、地元企業や特定業界の企業への融資に特化することが多く、監視と制限条項の執行が必要。


長期的な顧客関係の構築(貸出コミットメント)

借り手候補が長期にわたって銀行に口座を持っている場合、ローンオフィスは口座の過去の活動を調べ、借り手についてかなりの部分を知ることができる。
借り手が以前その銀行から資金を借りたことがある場合、銀行はその顧客を監視するための手順をすでに確立しており、そのため、銀行と以前から付き合いのある企業は、銀行から低金利で融資を受けることが容易になる。
なぜなら、借り手が銀行との長期的な関係を維持したいのであれば、借り手は銀行を怒らせるようなリスクの高い活動を避けるインセンティブを持つことになるからである。


貸出コミットメント(ローン・コミットメント)

貸出コミットメントとは、銀行が企業に対して、ある市場金利に連動した金利で、ある金額までの融資を行うことを(将来の一定期間)約束することを指す。
企業にとってのメリットは、必要な時に信用を得ることができることであり、銀行にとってのメリットは、融資を約束することで長期的な関係を築き、情報収集が容易になることである。


担保と補償残高

担保とは、借り手が債務不履行に陥った場合の補償として貸し手に約束された財産のことであり、貸し倒れの際に貸し手の損失を軽減するため、逆選択の結果を軽減することができる。
一方、補償残高とは、融資を受ける企業は、銀行の当座預金口座に必要最低限の資金を確保しておかなければならないことで、借り手が債務不履行に陥った場合に、銀行が融資の損失の一部を補填するために使うことができる。


信用配給

信用配給とは、借り手が明示された金利、あるいはそれ以上の金利を支払う意思があるにもかかわらず、融資を拒否すること。

これには2種類の対応があり、
1つ目の形態は、貸し手が、借り手がより高い金利を支払うことを望んでいても、借り手に対していかなる金額の融資も拒否する場合に起こる。
高い金利を請求することは、貸し手にとって逆選択を悪化させるだけともいえるからである。
もう1つは、貸し手が融資に応じるが、その規模を制限する場合となる。
これはモラルハザードを防止するためで、融資額が大きければ大きいほど、返済の可能性が低くなるような活動をするインセンティブが高まるからである。



ローンの種類

Commercial and Industrial (C&I) ローン

企業や法人向けに行われるローン。
近年では、商業銀行が組成するC&Iローンに代わり、コマーシャルペーパー市場が成長してきている。

コマーシャルペーパーとは、
大企業が短期借入金に対応する資金を得るために発行(販売)する社債で、発行銀行や企業が手形に明記された満期日に額面金額を支払うという約束だけを裏付けとしている。


不動産(Real Estate, RE)ローン

主に住宅ローンで、固定金利型住宅ローンや金利変動型住宅ローン(ARM)がある。
住宅ローンは、住宅価格がローン残高を下回るとデフォルト・リスクが発生する可能性がある。
また、ノンリコースローンという住宅ローンが払えなくなったときに、借り手は物件の鍵を貸し手に返すだけでよいタイプのローンもある。これは、その後の不動産の売却で住宅ローンをカバーするのに十分な資金が調達できない場合でも、借り手が損失を被ることがないことを意味する。


消費者ローン

個人、自動車、クレジットカードに関するローンで、
自動車、携帯電話、個人ローンといったノンリボルビング・ローンと、
クレジットカードの負債(例:VISA、MasterCard)に関するリボルビング・ローンがある。(いわゆるリボ払い。)
非リボ払いの商品は、リボルビング払いに比べて低金利であることが多い。


その他のローン

  • ファームローン

  • その他銀行

  • ブローカーのマージンローンなど、ノンバンク金融機関

  • 海外の銀行やソブリン政府

  • 国・地方公共団体



以上、信用リスク管理の原則やローンの種類をみてきたが、融資可否の判断は、個人と法人でも異なる扱いがなされる。

与信判断

例えば、対象が個人の場合、通常レートの調整ではなく、単純な受け入れ/拒否で決定される。
受理された場合、顧客は融資額でソートされ、住宅ローンの場合、金利を調整するのではなく、Loan to value(住宅価格がローン残高を下回るか)を介して判断がなされる。
一方、企業の場合は、個人と異なり、数量や価格調整を使うことが多い。




さて、ここまでは、信用リスクとは何か、そしてその管理や種類をみてきたが、本題の信用リスクの評価方法に入っていく。

信用リスク評価モデル

情報の入手可能性、質、コストは、信用リスク評価における重要な要素であり、ITによって促進される。
定性的なモデルは、借り手固有の要因を考慮するだけでなく市場やシステマティック的要因も考慮する。
借り手固有の要因としては、評判、レバレッジ、収益のボラティリティ、担保など、市場特有の要因としては、景気循環や金利水準などが挙げられる。


クレジットスコアリングモデル

観察されたローン申込者の特性を利用して、申込者のデフォルト確率を表すスコアを算出したり、債務者を異なるデフォルトリスククラスに分類したりする数学的モデル。

クレジットスコアリングモデルを使用するためには、銀行マネージャーは、特定のクラスの借り手のリスクについて、経済的・財務的な客観的尺度を特定しておく必要がある。
消費者債務”の場合、クレジットスコアリングモデルにおける客観的な特性は、収入、資産、年齢、職業、所在地等を含むことがある。
商業債務”の場合は、キャッシュフロー情報や負債比率などの財務比率が重要な要素となる。

データを特定した後、統計的手法により、デフォルトリスク確率やデフォルトリスク分類を数値化(スコア化)する。

クレジットスコアリングモデルには、以下の3つのタイプがある。

  • 線形確率モデル (Linear probability model)

  • ロジットモデル

  • 線形判別分析


線形確率モデル

線形確率モデルは、財務比率などの過去のデータを入力として、古いローンの返済経験を説明するモデル。過去の返済実績を説明するために使用された要因の相対的な重要性をもって、新しいローンの返済確率を予測する。

具体的には、古いローンを2つの観測グループに分ける。

・デフォルトしたローン (PD_i=1)
・デフォルトしなかったもの (PD_i=0)

*PD_i (Probability of Default): i番目のローンのデフォルト率、過去のデータなので、Yes-No、つまり、100%-0%のみとなる。

次に、これらの観測結果を線形回帰して、i番目の原因変数 (X_i,j) に関する定量的な情報を反映するj個の原因変数のセットと関連付ける。
レバレッジや収益など、借り手のこの形式の線形回帰によってモデルを推定する。

PD_i = ∑ (β_j)×(X_i,j)(j=1 to n) + error



ロジットモデル

ロジット関数とは、ロジスティック関数の逆関数で、線形回帰モデルから推定されるデフォルト確率の範囲を0と1の間に制限することで、線形確率モデルの弱点を克服するモデル。これは、線形確率モデルから推定されたPD_iの値を以下の式に代入することで実現される。

F(PD_i) = 1 / (1 + e^-PD_i)

e: 指数関数(2.718に等しい)
F(PD_i): PD_iをロジスティック(オッズの自然対数化)した値


アルトマンのZスコア(判別分析)

エドワード・アルトマンが1967年に開発したアルトマンZスコアの公式。
長年にわたり、アルトマンはZスコアの再評価を続けており、信用リスクを算出するための信頼できる指標となっている。

Zスコア=1.2X1+1.4X2+3.3X3+0.6X4+1.0X5

X1=運転資本/総資産
X2=利益剰余金/総資産
X3 = EBIT/総資産額
X4=時価純資産/総負債の簿価
X5=売上高/総資産

ルール
1.81以下のスコアは、その企業が倒産に向かう可能性が高いことを意味し、2.99以上のスコアの企業は、倒産する可能性が低いことを意味する。


このモデルは係数が既に固定されており、必要な変数(X1~5)も一般的な開示情報から入手可能なため、最も簡単に評価できるモデルになっている。

Zスコアモデルに関連する問題点

  • 2つの極端なケース(デフォルト/ノーデフォルト)しか考慮していない。

  • 信用スコアリングモデルの重みが長期的に一定であることを期待する理由はない。

  • 景気循環の影響や評判など、定量化しにくい要因を無視している。

  • モデルのベンチマークとして、デフォルトしたローンのデータベースが利用できない。



上記に加え、信用リスク評価の新しいフレームワークも紹介する。

信用リスク評価の新しいモデル

  • 信用リスクの期間構造導出

  • RAROCとデュレーションアプローチ

  • デフォルトリスクのオプションモデル


信用リスクの期間構造導出

リスクプレミアムが分かれば、デフォルトの確率を推し量ることができる。

金融機関は、1 年物(ゼロクーポン)の社債の期待リターンが、少なくとも 1 年物(ゼロクーポン)のストリップス債のリスクフリーリターンと等しいことを要求していると仮定すると、
リスクプレミアムは、ストリップス債とゼロクーポン社債を使って以下のように計算できる。

p(1+k) = 1+i

p: 返済可能性
k: 約束された総リターン
i: ストリップス債のレート


RAROCアプローチ (Risk adjusted return on capital)

ステップ1:リスクキャピタルの算出
ステップ2: ローンの1年調整所得を計算する
ステップ3:RAROC(最も広く使われているモデルの1つ)を計算する

RAROC = (ローン1年の純利益) / (ローンのリスク)

ローンのデフォルト率から推定されるローンのリスク、またはデュレーションを使用する。
RAROCの分母には、ローンの価値の損失を見積もるために使用される「デュレーション・アプローチ」を使用すると、以下で求められる。

∆LN/LN = −D_LN × (∆R / (1+R))

∆LN: ローン価値の変化
LN: ローン価値
−D_LN: デュレーション(融資期間)
∆R: 国債と社債利回りの変化のスプレッド(差)
R: 社債の利回り


デフォルトリスクのオプションモデル

企業が社債を発行したり、銀行からの借入金を増やしたりして資金調達をする場合、非常に重要な債務不履行や返済といった選択肢を持つことになる。
借り手の投資プロジェクトが失敗し、社債権者や銀行への返済ができなくなった場合、借り手は債務返済を不履行にし、残った資産を債務者に引き渡すという選択肢を持ち、株式保有者は有限責任であるため、借り手の損失は、会社に投資された株式額によって下方に限定される。

一方、うまくいけば、借主は、約束した債務の元本と利息が支払われた後、資産投資による上昇リターンのほとんどを維持することができることとなる。

そこで、デフォルトのオプションを評価するためにオプション価格決定法を使う。多くの大手銀行が信用リスクを監視するために使用しており、マートンは、リスクローンの現在の市場価値を示した。

𝐿(𝜏) = 𝐵𝑒^−𝑖𝜏[ (1/𝑑) 𝑁(h1) +𝑁(h2) ]

𝑑 = 𝐿/𝐴
h1 = −[ 𝜎^2/2 × 𝜏 − ln(𝑑) ] / (𝜎√𝜏)
h2 = −[ 𝜎^2/2 × 𝜏 + ln(𝑑) ] / (𝜎√𝜏)

𝐿(𝜏): ローンの市場価値
𝐵: ローンの額面金額
𝜏: 満期までの残り期間
In: 自然対数
𝑑: 借り手のレバリッジ比率
𝜎: 原資産の標準偏差
𝑁: 標準正規分布の蓋然性


そして、イールドスプレッド(利回りの差)は以下で算出することができる。

k(𝜏) − i = (-1/𝜏) ln[ N(h2) + (1/𝑑)N(h1) ]

k(𝜏): リスク性債務の要求利回り
i: 同等の満期を持つ負債のリスクフリーレート
𝜏: 満期までの残り期間


以上、信用リスクの評価モデルについてみてきた。
次回は、信用評価調整額 (Credit valuation adjustment, CVA)を用いた分析について紹介する予定です。



RAROCアプローチをググっていると、某青系メガバンクの資料がヒットした。メガバンクでもちゃんと活用されていることを確認するとともに、資料にはConfidentialのマークが、、

どこかの講演会で使用された参加者限りのものらしいが、誰がが丁寧にPDF版で公表してしまっているみたいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?