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【三題噺】「夏至」「スニーカー」「高校生」

「夏至におろしたスニーカーを履いて受験すると、志望校に合格する」という、誰もが知る全国的なジンクスを作ったのは、何を隠そう、地元の商店街で靴屋を営んでいる私の叔父である。
何の気なしにSNSに書き込んだものが、たまたまその通りに受験して無理めな大学に受かった学生によってリツイートされ、その後瞬く間にひろまったのだ。
いまでは土用の丑の日にうなぎ屋が大盛況になるように、夏至前には靴屋に行列ができる。
そして私も今年、高校三年生。今は6月。周りの同級生たちがどのブランドのスニーカーを買うか、わいわい相談している中、微妙な心持ちでいた。
だって、ここは北海道。入試の時期はあたり一面銀世界だ。
「すべる」という言葉がNGになるような状況で、ブラックアイスバーンの上をスニーカーで歩いて受験会場にいくのってどうなんだろう。危険では?
でも、人口に膾炙したジンクスとは怖いもので、みんな疑問も抱かずスニーカーを選んでいる。
「アキラくんも札幌で靴屋をやってるんだから、その辺考えておいてほしかったよ」
先日うちのマンションを訪ねてきた叔父にそう訴えると、「たしかに! 冬至におろしたブーツってことにしとけばよかったな」と笑っていた。
「あの時たまたまスニーカーの在庫がひどくて、何となく書きこんでさ。まさかそのあと半年経ってからバズるとは思わなかった」
現代に伝わる縁起物の伝説も、すごく適当なウソから始まってるのかもしれない。
叔父はその日、いかにもスニーカーが入っていそうなサイズの紙箱をもってきて、私に差し出した。
「誕生日プレゼント。開けてみて」
箱の蓋を開けると出てきたのは、かわいい縮緬の鼻緒がついた草履。
「スニーカーじゃないんだ」
「秋から受験勉強、佳境でしょ。高校生最後の夏休み、それ履いて浴衣でも着てさ、花火大会でも楽しんできたらいいよ。あ、姉さんには秘密で」
叔父はのんきな人間だ。夏休み前から受験生はみんな塾の予定を詰め込み、日々のテストの成績で一喜一憂していて、花火を楽しむ余裕なんて……
でも、ふわふわした叔父の笑顔を見ていたら、少し心が動いた。
進学は、東京の大学にしようと決めている。卒業後に札幌に戻ってくるかもわからない。
今年がアキラくんとすごす最後の夏になるのかもしれない。
祖父から継いだ叔父の店は、商売っ気のないふわふわした経営によって、いつ潰れるともわからない儚い雰囲気だ。叔父自体、目を離すとどこかに行ってしまいそうで心配になる。
でも、私は小さいころから、この店で叔父と過ごす放課後の時間が好きだった。
母のおさがりの浴衣を着て、もらった草履を履いて、空を見上げよう。
「アキラくん、付き合ってくれるんでしょう? 花火」
初恋の相手というわけではないんだけれど、叔父をデートに誘うには少し勇気がいった。

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