結婚40周年の夜に50年添い遂げました?

数字が合わないだろうが。だから文系は存在意義がないんだよ、みたいなことを何処かの経営者団体から指摘されそうですね。

でも、そういうことが1日の間に続けて起こったんです。

時間は前後しますが、夜になると少し凌ぎやすくなったこの頃、母、娘、そのまた娘という熱い、いえ温かい女性3世代が来店しました。

「若々しい女性3世代が揃って、楽しそうにお食事なんてステキですね」お世辞ではなく、3人の晴れやかな笑顔を見て、本心からそう言ったのです。

「ええ、今日、主人の納骨を済ませてきました」

最年長者の女性が、晴れやかな笑顔で、ホッとしたように言いました。

「ええーっ。それは、、、ご苦労様でした」

「いえいえ、癌が見つかって、短いとあと3ヵ月かもと言われてから、4年も生きてくれましたから」

「そうですか。きっと愛情深い旦那さんだったんでしょうね」

女性はビールを一口飲んだあと、まるで楽しいことでもあったように続けました。

「もう70代後半だし、副作用もある抗がん剤治療までやって無理に長生きしたくないというので、試しに免疫療法をやりましたの。それが奇跡的に効きましてね、一時はお友達と一緒にバス旅行ができるまで回復したんですよ」

彼女はその日のことを思い出しているかのようにククッと笑いながら、バスを降りてからも別れるのが惜しくて、お友達とコーヒーを一緒に飲んだ日のことを話してくれました。

「主人にしたら、別れを告げているつもりだったんでしょうねぇ」

彼女との別れのほうは、最後まで自宅で看取ることで済ませることにしたと言います。

「50年添い遂げたんですよ。その間、バブルが弾けたり、目まぐるしい変遷があって、いろいろありましたけど、楽しい人生でした」

「それは旦那さんへの最高のはなむけですね」愛情の深さが伝わってきますね。

「コロナのこともありましたから、入院するとそのまま死目にも会えないかもしれない。家で死にたいというし、私も最後までそばにいてあげたい。最後は住み慣れた自宅で看取ろうってことで」

「それは大変でしたね」ボクは同じようなことを何度も口にしていますが、こんな時、ほかに言葉が見つからないものです。

「いえいえ、いい患者でした。大人しくしていて、最後までわがままを言わずに。亡くなる日も、娘が来てくれたので、一緒に近所まで買い物に行ってくるわって言うと、いってらっしゃいって手を振って」

二人が買物から戻ると、いつもの「おかえり」という返事がなく、看護師をしている娘さんが脈を取ったら、既に亡くなっていたと言います。

「今日、納骨も済ませて晴れ晴れ。一杯飲みに行こうってことで、まいりましたの」

孫娘は高一で、声優になりたいと言う。

「娘も手に職をって看護師になってくれたし。おかげでステキな家族にも恵まれました」

納骨を終えた日に、九条Tokyoを選んでいただいた僥倖を思わないではいられません。でも、なんでこの店を選んだのだろう。忙しさにかまけて、一番肝心なことを聞き逃しちゃった。だって、女3人で20種以上のオーダーがあり、ボクは料理に飲み物に、聞き手役でいっぱいいっぱい。シェフのいない日曜に限って、こういうお客さんがいらっしゃるんだよなぁ。ずっと話していたいのに。

50年添い遂げるってことに感動していたのは、その日、ランチ営業を終えたあとバルの営業時間まで、自分のランチついでに『マン・アップ』という映画(2015年作品)を観たことも影響しているかもしれません。

これから観るかもしれない方のためにストーリーは省きますが、結婚40周年の記念日を迎える両親のパーティに向かう途中、ある事件に巻き込まれる37歳の娘と、離婚したばかりの40男が繰り広げる、大人のラヴ・コメディです。

娘のお祝いスピーチの前に、父親がスピーチをするのですが、その中で「40年間ありがとう。残念ながら次の40年はないだろうけど」というのがあります。でも、50年だって充分すぎるほどステキですね。

パートナーがいるいないにかかわらず、30代以降の惑える男女にオススメの映画です。惑っていないボクが、こんなに感動したくらいだから。

その夜に聞いた「50年、添い遂げました」。やっぱ奇跡って、日々、そこここで起きているんですね。目を開けて、耳をそば立てていたら、その瞬間を逃さないでいられるのかも。神じゃなくて、comeは細部に宿る。

話はいきなり変わりますが(ってわざわざ断るまでもないですね。毎度のことですから)、先日、子どもの短い夏休みと誕生祝いを兼ねて、お母さんと小学2年生が握りずしの体験に来てくれました。

将来、料理人になりたいという子どもの夢を応援しようと予約を入れ、自分で握った寿司でランチを終えたあと、合羽橋に行って包丁を買うのだそうです。講師の寿司職人に、どんな包丁がいいか尋ねていました。そう、手に職を持つって素晴らしい。頑張れ〜!

二人が帰ったあと、彼と景気の話になりました。彼が勤めている新橋の寿司店でも、1日2組しかお客さんが来ない日が続いているそうです。以前は40人くらい来ていたというのに。現在の来店客のほとんどは女性だそうです。

「池袋や新宿のホストクラブとかは別として、感染してもほとんど重症化しないと言われてる若い男性はほんと少ないよねぇ。うちのイベントに来てくれるのも女性か、40代以降がほとんど。どうして政府とかマスコミの言うことにそのまま従っちゃうんだろうねぇ」とボクが訊くと、彼は「なるほど」という正解を口にしました。

「今の若い人はねぇ、潔癖症なんだよね。客だけでなく、働いてる人を見てても、そう思う。コロナって、ウイルスでしょ。異物が身体の中に入るなんて、絶対許せないんじゃないかなぁ」

そうか、だから草食化してるって言われるんだ。ムシャムシャ食べる(あっ、ちょっと下品な表現でしたね、すいません)のが苦手っていうんじゃなくて、潔癖症から異性を拒否してるんだ。人の身体はウイルスや菌まみれでできているというのに。

目から鱗、ですね。いや、彼が魚を捌いてるからってわけじゃなく。あっ、鱗が飛んだ。。。

これでは次の40年どころか、50年添い遂げるなんてあり得ない話ですね。

英語ではbetter halfという言い方があるそうです。2回、3回と結婚を繰り返して、より良いパートナーを見つける。だから、best halfではなく、愛する相手をbetter halfというんだって、アメリカ人の友人に教えられたことがあります。彼が日本人女性と再婚したから、そう言っただけで、本来は、元々ひとつだった片割れくらい大切な人とか、自分より大切な片割れって意味らしいですが。

better でもbest でもいいけど、異物である異性にチャレンジしないと、自分が自分であるための、もう半分は見つかりません。おっと、パートナーを夫や妻(異性)と決めつけてはいけない時代でした。

40年や50年と長さや量を価値として押し付ける気はないけど、若者よ暑を捨てて街に出よう。

あれっ、街に出ないのは暑いからではなかったですね。捨てなきゃいけないのは、殻なのかも。

そういえばウイルスって、細胞壁を持たない、タンパク質の殻に覆われた物質だっけ。やっぱ、その殻を捨てようよ。

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