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032 蕎麦は人の生き方を変える食べ物なのか

伊勢うどんを食べて育ってきたボクには、麺のコシという概念がわからなかった。Tokyoに出てきて、初めて出会ったものの一つが、麺のコシというやつ。あのスラーっとした姿の、どこからどこまでがコシなのか。。。

今では讃岐うどんも大好物だけど、丸亀製麺に行くと親子丼を頼んでしまうのは、伊勢うどんへの義理?

それはさておき、今日のテーマは蕎麦です。

あなたにとって、蕎麦という食べ物はなんでしょう。人生において、どんな意味を持っていますか?

たかが蕎麦で、、、という向きもあるかもしれませんが、蕎麦にはその人の人生を反映しているところがあると思うんです。ボクは、ちょっと小腹が空いたから蕎麦でも、というふうにはいかないんだなぁ、なぜか。

長野県の安曇野に、「按針」というそば処があります。以前に、ヴィオ・ワインに魅せられて長野に引っ越し、ブドウづくりに励んでいる知人の話を書きました(「葡萄は武道に通ず−−ヴィオ・ワインへの道」)。

彼のところを訪ねた帰り、見つけたのが「按針」です。

1日1組しか客を取らない。それだけで、何か蕎麦という食べ物らしいでしょ。うどんやラーメンだったら、そう言われてもピンとこない気がしませんか。

山の中腹にある店にたどり着くと、予想に反して、にこやかな店主が出迎えてくれました。

店内に入ってビックリ。別荘を改装して、リビングで蕎麦をいただくわけですが、玄関を入ってすぐキッチンになっています。そこで、ずらりと並んだ包丁にまず驚きます。蕎麦屋って、こんなに包丁を使うの?

違いました。店主は元あるホテル・チェーンのシェフをやっていて、全国を渡り歩いてきたそうです。その一つで出会った蕎麦屋に惚れ込み、休みの日に行っては教えを請い、定年になって、遂に開いた自分の店が、この「按針」でした。

1日1組限定で、コースは天ぷらと、フレンチ懐石の2つだけ。そんなことと知っていたら、包丁さばきを楽しめるフレンチ懐石の蕎麦セットにしていたのに。。。後悔先に立たず。ボクたちは天ぷらのコースを予約していました。

だって、蕎麦屋にフレンチ懐石のコースがあるなんて想像できます?

「包丁仕事を見たかったなぁ」

「いや、もう、そんな大した仕事はしていません。それに、仕込みはいらっしゃる前に済ませてしまいますから」

もちろん、最後の蕎麦1本まで堪能。忘れられない夢のような時間でした。長野には、美味しいワインと蕎麦があるんだ! あれ、リンゴもあったっけ。。。

先日いらっしゃったお客さんは、Tokyoで蕎麦屋をやっている、というよりは、日本酒の店をやっている職人でした。

初め、寿司職人より蕎麦のほうが早く一人前になれそうだと思ったのだそうです。ところが、修行してみたら奥が深い。しかも、途中から日本酒の迷宮に足を踏み入れ、独立するまでに時間がかかったそうです。ようやく独立して長年切り盛りして来た店が立ち退きに。今度が最後の店だと、自分の思うさま好きな店を作ったそうです。昨年末に。

彼の修業した蕎麦屋がまた凄い。

給料から天引きされて貯金させられ、何年たっても手取りは上がらない。給料が増えた分、強制的に貯金は増えていったそうです。しかも、腕に力がつくと店長をまかされ、売り上げた分からボーナスがつくそうです。そうして1500万円くらいたまると、それを元手に銀行から金を借りて、自分の店が持てる。師匠はそうして全員を独立させてくれたとか。

凄い。ただ、その一言しかありません。

師匠は一度も奢ってくれることはなかったそうです。自分の金で払わないと、相場がわからないだろうと。この金額に見合った価値のある料理を提供しているか、常に自分の舌と胃に問いかけろ、というわけですね。最高の学校ですね。

彼は、蕎麦の修行をしながら、日本酒の世界に迷い込み、5000円払うと、最高の日本酒を次々と飲ませて勉強させてくれる親仁と出会ったそうです。

「当時の5000円はそう安くはありませんでした。おかげで、自分の店を持つまでに、余計に時間がかかってしまいました」

この人たちって、なんなんでしょう。現代の日本ではまず出会わない人種だと思いませんか。ボクはそのうちの誰にもなれないけど、憧れます。人情落語か講談の世界のようでしょ。

蕎麦って、なんだろう。ほかの食べものにはない、作る人の生き方を照らす何かがあります。

そして、暖簾をくぐって入っていく人の背筋まで、ピンとさせる。そうか、それが、コシってやつ?


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