ペーパーマリオRPGのビビアンについて
最近発売になったペーパーマリオRPG、2004年の名作のリメイクということで気になってはいたものの、積みゲーの山もあり、特に買う予定はなし。
ところが、たまたまSNSでビビアンというキャラクターについて知りました。
ビビアン
私はオリジナルも今回発売されたリメイクもまったくプレイしていないのであまり詳しいことはわからないのですが、ビビアンは性別違和があり、それが理由でいじめられているというような設定のキャラクターだそうです。
具体的には、女性として振る舞うことでいじめられている、男性を割り当てられた子(トランス女性)のキャラクターのようです。
英語圏のゲームニュースなどを見ていたところ、2004年ペーパーマリオの英語版ではその設定はまるっとなくなっていて、ビビアンは単にシスジェンダーのいじめられっ子の女の子とされていたようで、リメイクでビビアンの設定がどうなるか注視していた人たちがいるようです。
結果的に今回のリメイク版で任天堂はビビアンの性別違和の設定を消去しなかった様子で、そのことを報じる英語圏のネットニュースを複数見ました。
繰り返しますが私はオリジナルもリメイクもプレイしていないので、ビビアンのことは、そうしたネットニュースでつぎはぎされた情報以外の何も知りません。
でも、私はこのニュースを見て、ビビアンの設定や画像を調べ、泣いてしまいました。
自分のなかでもまだ整理しきれていない、この気持ちを少し記録しておきたくてこの記事を書いています。
私のいろいろ
私はトランスジェンダー当事者ということもあって、ある程度トランスジェンダー表象に関心を持ち、メディアにおけるもろもろのトランスジェンダー表象に一喜一憂して生きてきた人間だと思います。
でも、私は恋愛に関心がなく、人付き合いにも興味がない孤立した人間で、メディアで表現されるトランスジェンダー像にいまいち自分ごととして向き合えないという感覚がずっとありました。
一方、マリオの世界は私にとって現実の人間の社会よりもずっとリアルで親密な感覚を持てる世界です。
誤解を招くかもしれないので書いておくのですが、私はペーパーマリオさえプレイしたことがないことからもわかるように、マリオのマニアではまったくありません。
そういうことではなく、説明が難しいのですが、マリオの世界は私にとって、子どもの頃に愛していた絵本やぬいぐるみ、大切ながらくたを詰め込んだ小さなクッキー缶と同じように、この人間社会の複雑な決まり事や変化に左右されず、私をいつも同じように歓迎してくれる場所なのです。
つまり、私にとってマリオの世界は、不安定な日々の生活から自分を守るための「お気に入りの毛布」のひとつなのです。
私は人間社会のこみいって綾のあるコミュニケーションにコミットすることよりも、安心できる世界のなかで静かに自閉することを愛しています。
ちなみに、マリオの世界で私は特別にヨッシーが好きです。
それは、ヨッシーが人間ではないからであり、加えてヨッシーたちのカラーバリエーションという差異が二項対立的ジェンダーのオルタナティブに感じられるからです。
うまく説明できないからテキトーに言うのですが、自分もヨッシーだったらいいな、世界中みんなヨッシーだったらいいな、みんなで「ヨッシー」「ヨッシー」ってだけ言い合いたいな、みたいな気持ちです。
ごちゃごちゃと書いてきましたが、私にとってマリオの世界は、ジェンダーなどというあまりに人間的な規範を脱構築する(!?)ような可能性を秘めたユートピアなわけです。
(当然ピーチやクッパをめぐるジェンダーの問題など、いろいろ、というかめっちゃあると思います。が、ここではとりあえず私が感じるマリオの世界への親密感について。)
あるいは、マリオの世界はジェンダーうんぬんの前に「子ども」でいられた時代を思い出させてくれるのかもしれません。
大人になると私たちは否応なく「男性」か「女性」にならざるをえない社会に生きているので。
ビビアンに会いたい
ビビアンについて知って涙が出たのは、自閉的で小さな優しい世界に閉じこもっている私にも性別違和をめぐる傷があることを思い出したからかもしれません。
2004年版のペーパーマリオではビビアンはキャラクター紹介などで「本当は男の子」的な扱いをされていたようで(繰り返しますがプレイしていませんので真偽不明です)、何度私もそんなふうに言われたことだろう、とニュース記事を読んでいるだけで悲しくなりました。(私の場合は「本当は女の子」と。)
さっきマリオの世界は「男性」「女性」ではなくて「子ども」でいられた時代を想起させる、と書きましたが、ビビアンについて知って気づいたのは、そんな夢のような時代はなかったということなのかもしれません。
マリオの世界でも、性別違和がある子がいる。
マリオの世界でも、性別違和でいじめられる。
私は、恋愛しないし、人と親密にもならないし、大人の社会に馴染めないし、だけど、たくさんの安心毛布で自分を守って、社会の片隅で子どものようにぬいぐるみに囲まれて静かに生きるこんな私にも性別違和をめぐる悲しいたくさんの記憶がある。
ビビアンの存在は、世の中に出回っているトランスジェンダー表象に自分を重ねづらい私が、普段意識していない、ほとんど忘れているような、それなのに確実に自分の中に埋まっている悲しみを呼び起こしたようです。
まだ買ってもいない。(買います。)
プレイもしていない。
トランスフォビアが怖い、ビビアンがいじめられるのを見るのが怖い。
クィアネスを笑いものにされるのが怖い。
それに、ビビアンには恋愛絡みのもろもろもあるもよう。
だから、ビビアンは私とは全然違う。
それでも、マリオの世界で性別違和を抱えて生きるビビアンに勝手に自分を重ねてしまう。
素敵なビビアンに会いたい、ビビアンが尊重されるゲームであってほしい。
ペーパーマリオRPGをやってみよう。
プレイできて感想など書けたらまた書こうと思います。
プレイもしたことないゲームにこんなに巨大な感情を抱いたのは初めてでした。
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