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おはようの音

信じられないほど、骨の芯まで響くような音で目が覚めた。
土曜の朝、9時30分。
現実と夢の狭間でぼけっとする暇も与えられないまま次の音が響く。

マンションの工事だ。一回のテナントに新しいお店が入るらしい。
建物の柱を伝って、ドリルの音が信じられないような音で伝わる。
圧倒的ライブ感だ。
ベッドの枕元の柱はおそらく糸電話の要領で朝の始まりを伝える。
苦情を入れてやろうか、ベッドをここに置いている自分が悪いのか?
と思いながらドリルの隙間に目を閉じる。

ドリルの音の感覚と、僕の二度寝の感覚が完全に一致して
寝ることを諦めた。
なんとも言えない倦怠感とともに体を起こして、洗顔、歯磨き。
コーヒーを入れて走るルンバを避けながらソファに座る。

ルンバとドリルの二重奏。完全なる騒音屋敷。
テレビからの音なんてほとんど聞こえない。

久しぶりに本を読んだ。
何度も読んで内容なんて分かりきっていると思っていた本。
意外と新しい発見がある。
一通り読んでコーヒーも飲み終わり、久しぶりに携帯を見ると
まだ午前中。

やばい。すてきだ。
思いがけず静かに口をついた。

早起きの効用は声高に叫ばれている世論だが
ドリルに無理矢理起こされて不意にもたらされた早起きの効用は反論の余地がなかった。最高だ。

ルンバも掃除を終えて意気揚々とクリーンベースに戻ってゴミを吸い上げ、
締めくくりの大声をあげている。

いつの間にかドリルの音も止んで、近所の公園から子どもの遊ぶ声が聞こえ始めた。

満ちている。自然と普段やらないことにも手が出る。
クローゼットの掃除、テレビ裏のほこり取り、水回りピカピカ作戦。
悦の領域に突入した社会人は歯止めが効かない。
コンロの掃除までしたところでやっと昼過ぎ。

手持ち無沙汰。

またコーヒーを入れて本を読む。
買い物に出て料理でも作ろうかと次の行動にもワクワクした。


満杯の充実感と心地の良い疲労感に身を預けて
健康的な時間に眠くなり、ベッドに入る。
明日も早起きしてみようかと、でもドリルで目覚めたくはない。
ドリルよりも早起きできるように9時20分にアラームをセットした。


おはようの音がした。
とてつもない、骨の芯まで響くドリルの音。
アラームは鳴らなかった。時計を見ると9時ちょうど。


絶対にクレームを入れてやるんだ。

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