バニーガールの話

学生の頃、某有名企業グループのバニーガールのお店でバイトをしていた。
但し私は超ミニワンピースで、ふりふりレースのパンツを見せびらかしながらバニーをアシスタントするウェイトレス。接客はしない。

最初はさすがに戸惑った。
時給が良いというただそれだけで飛びついたバイトだ。
煌びやかなホールからは想像もつかない薄暗い狭くて散らかったバックスペース。愛想もへったくれもないバニーたち。ええとその筋のかたですよね的な料理長。絶対その筋の方である店長。(個人の感想です)

お客様は紳士な方が多かったけれど、そこはお酒の席。
執拗にただのウェイトレスの私に絡んで触ろうとする客に戸惑うことも。
そんな時スッと間に入ってくれて満面の笑みでエロオヤジの気を引きつけ「早く離れなさい」と目配せしてくれるバニーのかっこいいこと。

ある夜、就職が内定していた企業の総務部御一行様がご来店。
そんなこととはつゆ知らず、ホール内をうろついていたらバニーリーダーが私を隠すように立ち、そのままバックスペースへ連れて行かれた。

御一行の一人に「あれは藤田美香さんではないか」と聞かれたそうで「シラを切っといたから大丈夫だとは思うけど、あんた今日はもうお帰り」と。
すぐに店長に話を通してくれた。その場所でバイトをしていることが就職にどれだけ影響したかはわからない。影響しなかったかもしれない。
けれど、私はまたもバニーのかっこよさに目眩がした。

急いで運ぼうとして出来立ての料理を床に落としてしまい、料理長の大目玉をくらったことがある。厨房が凍りついた。今でも覚えている。時間が止まった。落ちて散らばった料理の残骸を見ているしかできなかった。
料理長の顔も、ほかの誰の顔も見れなかった。
店長が走って厨房にやってきて、料理長に頭を下げてくれたほどのオオゴトだった。

(料理落としたくらいでなんなん)などと思いながら裏で泣いていたら、バニーリーダーが入ってきた。
「あんた、よう頑張っとる思うけどな、作り直せばええ程度の気持ちで料理長は料理出してへんで」と言われ、顔から火が出るとはこのこと。
心の底から恥ずかしかった。見透かされていた。
18そこらの小娘、泣いたら同情してもらえるくらいに思っていた。

次の日、入店一番に料理長に頭を下げに行った。(相当な勇気を振り絞った)
「お前、もう来んと思うとったわ」と、それから料理長にものすごく可愛がってもらえるようになった。今はもうコンプライアンス的にアレな、いろんな場所に連れて行ってもらった。世界がぐんと広がった。

バニーたちと雑談することも増えた。
バニーたちは煙草を吸いながらぶっきらぼうで、相変わらず愛想がいいわけではないけど、怖いとか冷たいとかそんなことは一切感じなくなっていた。むしろ優しくて温かかった。

貴重な、とても貴重な時間だったなあ。
大袈裟ではなく、「人生」というものを教えてもらった場所だった。

余談だけれども、わたしがなぜウェイトレスだったか?
バニーは豊満な胸の谷間にライターを挟むんだけど、私、挟めなかったからよ。ほっといて。

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言葉と写真の小冊子にエッセイを連載させていただいていた時のものです。
これは、2014年「プチパピエ/シンガポールスリング号」掲載
ちょこちょこっと修正あり。



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